第10話 甘酸っぱいですわね
紆余曲折ありましたが、二人の結末は……?
お家デート最終回!
ご覧ください。
甘酸っぱいですわね
どうぞ。
『い……今のは——何だったの⁉︎』
転倒して尻餅をつくナナの頭上で、慌てふためくラキ。
何かを確かめるように、自らの胸を押さえた。
だが——。
『むむむ……気のせいよね。アバンさんならともかく、弟相手に——』
先ほどまであった痛いほどの心の高鳴りは、すでに消えていた。
首を傾げたラキは、少し離れた場所からナナを見つめる。
『ナナちゃんってば……』
そして、慌てふためく彼女の様子を見て、ようやく理解した。
あの熱の正体が——恋の炎だったことを。
『あんなに熱くなるなんて——命懸けで恋をしているのね……』
彼に触れるたび熱くなる恋心を、ラキはほんの一瞬だけ共有してしまった。
やがて、その熱に気圧された彼女は、逃げるように身を引き、遠くから二人を見守ることにしたのだった。
* * *
「——急に転けたりして……大丈夫かよ」
「えっ? あ、はい……」
いつの間にやら去ってしまった幸運の女神。
ようやくその場に、二人だけの時間が訪れた。
「ほら」
「ありがとう……ございます」
困惑しつつも彼の手を借り、再び向かい合うように椅子へと腰掛けるナナ。
しかし。
「……」
彼女はただ、口をつぐんでいた。
今になって、彼を騙したような罪悪感が込み上がる。
だが、不思議そうに彼女を見つめていたルキは、頭を掻きながら口を開いた。
「いつも通りで、いいんだぜ?」
「えっ?」
怒りではない彼の意外な反応に、ナナは顔を上げる。
やがて、その胸の内が明かされた。
「ルミナのやつに言われてさ——俺も、ナナの前ではちゃんとしなきゃって頑張ってたんだ」
「ルキ様も……」
他人の力まで借り必死になっていたナナだったが、何かを隠そうとしている彼女の気持ちなど、ルキにはわかっていた。
それは、彼も同じことだったから。
「でもそれじゃ——なんかつまんねーんだよな」
「確かに……そうですわね」
どこかスッキリしない表情を続けていたルキは——小さく息を吐く。
「だからさ——お互い嘘をつくのは、もうおしまいだ」
そして、あの頃のままの無邪気な笑顔を、彼は見せてくれた。
「なんだか無理してたみたいだけど、俺はいつも通りのナナと一緒にいたいからさ」
「ルキ……様……」
その言葉に、再び目を逸らしてしまうナナ。
——しかし、それは安堵の感情だった。
ただ一緒にいたいと言ってくれる。
たとえ触れ合えなくても、通じ合えなくても、それだけで、彼女の心は満たされていたのだ。
彼の心を繋ぎ止めようとする、独りよがりの恋なんて、必要なかったのかもしれない。
「そう言ってくださって、ナナは大変嬉しく思いますわ」
感謝するようにそっと手を合わせるナナ。
彼へと視線を戻した彼女は、ようやく自然に笑うことができていた。
今大切にすべき事は、変に勇気を出すことではなく、運命に身をまかせ、自然体な自分でいること。
彼女の心の中の足枷は、一つ外れていた。
「おっ。なんだかいつものナナに戻ったみたいだな。さっ! 食べようぜ」
「ふふふ。でも私もうお腹がいっぱいですわ」
二人の間にいつもの空気が戻り、楽しい食事を終えようとしていた——その時。
「——お待たせしました」
ノックと共に使用人が扉を開けた。
「デザートの——蜂蜜入りの、焼きりんごでございます」
熱々の湯気に乗せられた甘い香り。
「こんなものまで……すっかり忘れていましたわ」
「りんごかぁ……」
二人のお腹が、ぐうと鳴った。
フォークを手にしたルキは、目の前の焼きりんごを口へ運ぶ。
「くぅ〜……うまい!」
優しい甘みと、どこか切ない酸味。
幸せそうに目を閉じる彼を見て、ナナもまた小さく微笑み、焼きりんごを口へ運んだ。
あの日、初めて芽生えた恋心と共に、真っ赤な果実をゆっくりと噛み締める。
「甘酸っぱいですわね。本当に——」
口いっぱいに広がるのは、どこか懐かしい甘さだった。
それは、ナナ自身の思い出だけではない。
まるで、誰かの記憶まで溶け込んでいるかのような、不思議な懐かしさ。
蜂蜜を口にしたことは何度もある。
それなのに、この胸を満たす懐かしさだけは、どうしても説明がつかなかった。
* * *
一方その頃、休日の兵舎には。
「やった。これで完成ね!」
日が傾く頃、仰向けになりながら、緑色に染まった短い紐を掲げるのは——もう一人の、恋する乙女。
「えへへ。私にしては頑張ったよね」
自分を褒めていたテゴラは、その紐をぎゅっと抱きしめ、目を閉じる。
剣を振る彼の横顔を思い浮かべながら、空いた時間を見つけては、紐に想いを込め続けた日々。
その時間が——彼女に勇気を与えてくれた。
やがて、力強く起き上がった彼女は、白い八重歯をのぞかせる。
「よし! 後は渡すだけ——」
決して苦ではなかったが、その日々にも、ついに終止符が打たれた。
「待っててね……ルキ君」
言葉ではうまく伝えられなくても、この紐があれば、きっと——。
張りつめていた力が抜け、テゴラは大きく息を吐く。
積み重ねてきた日々の疲れは、その手に残っていた。
けれど、その手には確かな勇気も握られていた。
想いを伝えられずに終わるはずだった恋。
その恋する乙女の瞳には、もう明るい未来しか映っていなかった。
彼女のそれは独りよがりの恋だったのかもしれません。
二人の結末は何のことはない日常に落ち着きました。
今ある運命に身を任せたナナ。
そして一方では、その手に勇気を宿すテゴラ。
この結末はいかに!?
てなわけで! お次は金曜日!




