第7話 エロナポル
いつも三人で揃うはずが、今回はナポル君一人。
度々不可解な行動を起こす彼は、果たしてただのスケベ野郎なのでしょうか……?
エロナポル
どうぞ。
「——おう。待たせたなルキ」
「やっと来たか!」
夕暮れ時。
この日、ルキの待つ剣庭へと足を運んだのは、同じ少年兵のナポル。
しかし——。
「テゴラは……今日も来ないのか?」
彼の手を引くことの多かったテゴラは姿を見せず、ルキはきょろきょろとしていた。
「あいつは用事があって、しばらくは自主訓練には来れないそうだ」
準備運動に腕を伸ばしていたナポルが呟くと、ルキは残念そうに息を吐く。
「そうかぁ……」
対人訓練とは、一人でも多くの人間と剣を交えることで効果も増すもの。
彼はそれを懸念していた。
「もう一人欲しかったんだけど——まあいいや」
——すると、不満げに腕を組んでいたナポルは、ふと言い放つ。
「それよりルキ。お前——恋人がいるそうだな?」
「恋人ぉ⁉︎」
今か今かと剣を振っていたルキは、ピタリと手を止めた。
「何言ってんだよ……俺には、そんなもん作ってる暇ねぇよ」
はぐらかすような様子の彼を見ながら、ナポルは垂れた前髪を指でくるくると弄る。
そして、静かに告げた。
「お前がそのつもりでも、周りはそうとは限らない。あまり女の子を傷つけるなよ?」
どこかで聞いたような説教文句に、ルキは小さく両手を広げる。
「はぁ……まるでルミナみたいなこと言いやがって」
その名を聞いた瞬間、ナポルの眉がぴくりと動いた。
「ルミナ……? まさか——」
そして次の瞬間——木剣が勢いよく振り下ろされる。
「それがあの銀髪美女の名前かぁ⁉︎」
「わっ‼︎ 不意打ちかよ⁉︎」
咄嗟に、その一撃を受け止めるルキ。
兵舎での騒動を思い出し、すぐに何のことかを察した。
「お前まで勘違いしやがって……変な嫉妬すんじゃねぇよ!」
しかし、容赦ない追撃がさらに襲いかかる。
「うるさい! それも気に食わんが……俺は、はっきりしろと言ってるんだ!」
「うっ……! そんなに怒ることかよ⁉︎」
思わぬきっかけで、訓練を始める二人。
怒りを乗せたナポルの剣には、いつも以上の威勢が感じられた。
果たしてそれは、何に対しての想いなのだろうか——。
* * *
——その日の夜、兵舎の一室にて。
小さな机に、ハサミといくつもの糸くずが散乱していた。
「——できたぁ!」
白い糸を何重にも編み込んだ紐を掲げ、大口を開け喜ぶテゴラ。
先日ニーテから教わっていた贈り物を、人知れず手掛けていた。
「編み物って結構大変なのね——」
一息ついた彼女は、手のひらに灯した光を見つめる。
「後は……マナを込めるだけ」
——魔法使いになることを断念し、この手に剣を取ったのは、ジーンのような強い女戦士になる為。
だが、自分で限界を作り、その夢すらも諦めかけていた。
そんな時、勇気をくれたのが少年ルキ。
この想いは——あの日から始まったのだ。
「確か緑色に染まりきるまでに、十日はかかるのよね」
早速テゴラは、白い紐に両手を添える。
そして目を閉じ、彼を思い浮かべた。
「ルキ君……最初は、変わった子だと思ってたなぁ——」
口が自然と呟いてしまう——。
ギルバディアへとやってきて、皆の前で啖呵を切った彼との初めての出会い。
やがて彼女は——剣庭での日々を思い出していた。
「毎日夜まで訓練してたよね……そういえば、二人きりになった時もあったっけ」
頬をほんのり赤く染め、くすりと笑う。
「それから、ルミナさん……だっけ? だめだよ。あんな綺麗な人に、ブスなんて言っちゃ——」
さらに、少しだけ顔を顰めた。
「でもね……そんなのを聞いて、喜んでた自分もいたんだ。私ってば、嫌な女だよね……」
彼との思い出を一つ一つ振り返るテゴラ。
そして——。
「この贈り物……ルキ君、喜んでくれるかな?」
その想いは、未来へと向かっていた。
「もし、私の気持ちに応えてくれたら……その後も、一緒にいろんなことして……い、いつか結婚とかも、したりして……」
思い描くだけで、彼女の頬はカッと熱くなる。
「か、考えすぎだよね。そんなの——えへへ」
それでも、テゴラの想いは止まらなかった。
もはや理性など、何の歯止めにもならない。
やがて——。
「やっぱり……そうだったんだ」
溢れ続ける気持ちと向き合った彼女は、改めて理解した。
これが——恋の魔法なのだと……。
「やっぱり、私……」
そしてテゴラは、ある言葉を口にしようとする。
「私、ルキ君の事が……す——」
それは、最も彼に伝えたい——あの言葉だった。
「す、す——」
言葉を詰まらせるテゴラ。
しかし、次の瞬間。
——部屋の扉がガチャリと鳴った。
「きゃぁぁぁぁぁ‼︎」
「うおぉぉぉぉぉ‼︎」
兵舎に響き渡る、二人の悲鳴。
部屋に現れたのは——ナポルだった。
「一体、なんだ⁉︎」
突然の叫びに彼も驚いていたが、既に椅子ごとひっくり返っていたテゴラはすぐさま立ち上がる。
そして。
「何考えてんのよあんた! ノックくらいしなさいよ! ほんとありえない、最低! このバカバカバカ——バカナポル! エロナポル!」
ありったけの罵詈雑言を吐き出していた。
だが、彼も負けじと前へ出る。
「何言ってんだ! 何回もノックしただろ!」
「えっ……そうなの?」
張り上げる声に押され、ゆっくりと息を整えるテゴラ。
「返事もなくてうわごとばかり言ってたから、心配になったんだよ……」
確かに——。
先ほどまでの自分は、周囲の音など何も聞こえないほど夢中になっていた。
ようやく我に帰った彼女は、ストンと肩を落とす。
「ご、ごめん……」
夢から覚め、下を向くテゴラだったが——ナポルはくるりと背中を見せた。
しかし。
「——まあ、大丈夫ならいい。じゃあな」
「ちょっとあんた!」
彼を見送っていた彼女は、何かに気づく。
「ひどい傷じゃない……どんな無茶したのよ——」
それは、いつになく激しい訓練を思わせる傷の数々。
慌てて引き止め、マナを灯した手を彼へと伸ばす。
だが——。
「俺は大丈夫だよ。それより——ほら」
ナポルは優しく振り払い、後ろを指差していた。
「それを見ちまった以上、もう治療は頼めない。そんじゃ——」
「……ナポル」
やがて、呆れるように笑った彼は、ようやくこの場を後にする。
この国で知られる、異性への贈り物。
マナの力を必要とする想いの紐の存在を、ナポルも理解していたのだ。
「まさか……」
——去る背中を見送りながら、テゴラはさらに思い出す。
自主訓練にて、偶然にもルキと二人きりで過ごしたあの時間。
そして、先ほどの傷。
もしかして——全ては、彼が自分のために……。
やがて、いてもたってもいられなくなった彼女は——廊下へと飛び出していた。
「——ナポル!」
「ん?」
振り返ったナポルの目に映るのは、顔を真っ赤にしたテゴラ。
「あ、あんた……どこまで知ってるのよ?」
閉じた唇を、ぷるぷると震えさせている。
すると——。
「俺たち腐れ縁だろ? 大体のことはわかるさ」
ナポルは、優しく笑った。
「安心しな。チクるなんて野暮な真似はしねえよ——」
そして、再び振り返り、背中越しに手を振る。
「——ナポル……ありがと」
小さく頭を下げるテゴラ。
——部屋へと戻るその背中には、いまだ恥ずかしさが残っていた。
けれど彼女は、隣にいて、ずっと支えてくれていた彼の優しさに、ようやく気づくことができたのだ。
彼はとっくに気づいていましたね。
流石は幼馴染、テゴラを気にかけてやってます。
そして、想いの紐は無事彼に渡せるのでしょうか?
お次は火曜日!!
ナナ編に飛びます!




