第5話 ……誰?
ルミナのお説教をもらったルキ。
彼の心はどう動くのか……。
恋人がいたんだね
どうぞ。
夕空が照らす、小さな訓練場——剣庭にて。
「はっ! はっ!」
今日も一人、足を運んでいたルキは、無心になり剣を振っていたのだが——。
「……ナナ」
汗に濡れた手を止め、口にするのは——あの子の名前。
視界の端でこちらを見つめる丸い瞳。
そよ風が運ぶ髪の香り。
そして、甘味を口にした時に緩む唇。
気づけば、昨日の記憶ばかりが頭をよぎっていた。
「あーもう! 全部あいつのせいだ!」
髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
姉さん代わりだと言われた言葉のせいで、彼の頭には雑念が駆け巡っていた。
すると——。
「お待たせ……ルキ君」
駆け足でやって来たのはあの少女。
いつもの緑髪には——小さな赤い髪飾りが添えてあった。
「テゴラ! 待ってたぜ!」
「えっ……ほんと?」
満面の笑顔から、テゴラは思わず目を逸らしてしまう。
さらに。
「それと——」
早速見せたルキの反応に——ビクリと肩を震わせた。
「……っ⁉︎」
視線に胸が高鳴り、咄嗟にリボンに手をかけるテゴラ。
その一方で、変に思われていないだろうかという不安も募っていく。
あれこれ考えながらも、彼女はその期待に眉を上げていった。
しかし。
「ナポルのやつは——今日は遅いな」
彼は視線を外し、辺りを見回す。
踊り出しそうな肩がストンと落ちた。
「ちょっと遅れるんだって……」
そして、やり場のなくなった思いを、他への憤りへと変えていく。
「どうせサボるために、嘘ついてんのよあいつ!」
頬を膨らませていたテゴラに、ルキは笑い返していた。
「ははっ。そんなら仕方ねぇな——とりあえず、俺たちだけで始めっか!」
やがて、再び木剣を構えられるが、彼女はゆっくりと背が向ける。
「うん……」
——自分だけを見つめてくれる瞳。
夢のような時間のはずなのに、テゴラは素直に喜ぶことができない。
未だ胸に刺さっていた小さな棘が、それを邪魔していたのだ。
「テゴラ……?」
知らずに首を傾げるルキ。
しかし。
「……あ、あのさ」
テゴラは一言だけ振り絞り、震えた瞳で振り向いた。
「さっき来てた女の人……誰?」
「女?」
思考を一瞬止める彼に、さらに言葉を並べていく。
「銀髪で、すごく綺麗な人。ルキ君……あんな素敵な恋人がいたんだね」
彼女の心に映るのは、彼の恋人らしき女性の存在。
その懸念を隠すように、彼女は振り向かせた顔を再びしまった。
——だが、ルキは慌てて両手を振る。
「違う違う! ルミナはただの姉貴みたいなもんだよ! それに、あいつには恋人がいる——」
その言葉に、眉を上げるテゴラ。
「そ、そうなの……?」
重たくなっていた胸が、スッと軽くなっていた。
「どこが綺麗なんだか……あんなブス」
「あはは……そうかなぁ」
さらに続けられる彼の言葉に、胸の中で膨らんでいた不安が、次々とほどけていく。
そして。
「それに——今は恋人よりも訓練だ!」
ようやく安堵したテゴラは、彼へと体を向けていた。
「そうだよね! 私たち訓練兵なんだから、いっぱい頑張らないとね!」
飛び上がりそうになる気持ちを必死に抑えながら、八重歯をのぞかせて笑う。
「よっしゃあ! そんじゃやるか!」
そんな想いなど知る由もないルキも、やっとやる気になった彼女へ向けて剣を構えた。
それぞれ違う喜びを胸に抱いたまま——。
——そして。
薄暗くなった訓練場に、もう一つの声が響いた。
「おーい。やってるか——」
遅れてやって来たのは、同じ少年隊の仲間——ナポル。
「やっと来たか……」
木剣を片手に、ようやく二人の元へ歩み寄った彼は——ふと彼女へ視線を向ける。
だが。
「お前、そのリボ——」
「遅い‼︎ どこ行ってたのよ、もう……!」
その言葉は遮られ、彼女の瞳はすぐに目の前の彼へと戻っていった。
「ったく——人の気も知らないで……」
ため息をつくナポルだったが、どこか明るい表情をしているテゴラを見て、小さく笑うのだった。
「——まあいいか」
勘違いだとわかり、テゴラの棘は一時は消え去りました。
そう思われましたが、恋する乙女の悩みはまだまだ続きます。
お次は火曜日!
待ってますよ!




