第2話 一体誰ですの?
続く第二話!
始まりは、ギルバディアのデートスポット——三番街。
共に歩む二人を見守るラキ。
しかし……。
一体誰ですの?
どうぞ。
ギルバディアの城門から、外壁門へとまっすぐと伸びる、“凱旋通り”。
それを横切るように広がる街並みを、人々は“花の道”と呼んでいた。
露店や飲食店が立ち並ぶその道は、太陽が昇る東側から順に、一番街から八番街までと区分けをされている。
中でも三番街と呼ばれる場所は、若者たちが多く集まる人気の街として、大きな賑わいを見せていた。
——晴れた日曜日。
密かに想い合っていた、ナナとルキの再会。
若者たちが集う三番街の活気の中に、彼らはいた。
「——いやぁ、さっきの手品……面白かったな!」
街を回り、旅芸人たちの見せ物に、満足そうに笑うルキ。
しかし。
「え、ええ……そうですわね」
せっかくの楽しい時間のはずなのに、彼の左を歩くナナの顔には曇りが見えていた。
『むむむ、ナナちゃんってばぁ……』
空に舞う風船に紛れながら、ラキは唇を噛む。
さきほどから、震える手を伸ばしては引っ込めるナナの挙動に——気がついていた。
街には、手と手を触れ合い、お互いの温もりを確かめ合う、睦まじい男女たちの姿。
一方でナナは、愛しの彼とのデートにまでこぎつけたというのに、未だ右手をお留守にしていた。
彼女が目を伏せ歩いていると、ふと——ルキが何かを見つけた。
「ナナ——あれ、なんだ?」
彼が指差した先には、ひんやりとした冷気を漂わせる屋台。
白くふわふわとした、見たこともない食べ物が並んでいた。
二人が駆け寄ると、気前の良さそうな笑顔で、早速声をかけられる。
「いらっしゃい坊や——異国名物アイスクリーム! 彼女さんも一緒にどうだい?」
「おばさま……彼女なんて、恥ずかしいですわ……」
突然の直球。
満更でもなかったナナは、思わず目を泳がせ、その視線をそっと隣へ持ち上げる。
だが。
「うまそうだなぁ……二つくれ!」
珍しい食べ物にすっかり目を奪われていたルキは、隣で微笑むナナの視線に気づかない。
やがて、円錐型の生地に白い塊を乗せたものが、少年の手へと渡された。
「まいど! 今日のところは、一個負けとくよ」
「ほんとか⁉︎ ありがとな。おばちゃん!」
無邪気に笑う横顔。
それを眺めながらも、ナナは切なげに笑う。
すると、二つ目のアイスクリームを差し出すおばちゃんは——ボソリと呟いた。
「はいよ! お嬢ちゃん……がんばんなよ——」
「えっ?」
二人を見ていた彼女の、小さな目配せ。
「は、はい! ありがとうございます!」
それを受け取ったナナも、ギュッと拳を固める。
温かい視線に見守られながら、気合を入れ直した彼女は、再びルキに寄り添うように歩を進めていった。
『うんうん! これから挽回だよナナちゃん!』
——やがて、近くの長椅子へと腰掛けたナナとルキは、共に疲れを癒し、冷たい甘味を頬張っていた。
「冷てえ! まるでルミナの魔法みたいだ——」
口の中でとろける、冷たく不思議なお菓子に感動を隠せないルキ。
「本当ですわね。あの時のルミナ様——とてもかっこよかったです」
その言葉に、ナナは思い出す。
ルキと出会ったあの街で、人攫いたちに監禁されていた自分を救った、あの冷たい氷塊を。
「あー。そんなこともあったなぁ」
彼がアイスに夢中になっている中——ナナは、冷たい手で頬を抑える。
「でも、ルミナ様だけじゃなく——ルキ様もかっこよかったですよ……私を、守って下さって」
じんわりとこもっていく熱が、その手にゆっくりと伝わっていた。
共に攫われ、身を挺して守ってくれたルキ。
あの時の彼の勇気が、どれだけ彼女の心の支えになっただろうか。
だが——。
「そんな……俺はただ、やられてただけだ」
少し悔しそうに顔を顰めるルキ。
彼にとっては、苦い思い出なのかもしれない——。
「それよりびっくりしたのは——あの後襲ってきた、蜂の大群の方だぜ」
やがて、彼は顔を綻ばせた。
「もう痛ぇのなんのって——」
「——そうでしたわね。ふふふ」
場の空気が、再び弾み出す。
「でも、彼らが来てくれなかったら、私たちどうなっていたか——きっとあれは、幸運の女神様の仕業ですわ」
さらに思い出したのは、危険に晒されたルキの元に現れ、彼らを助けた蜂の大群。
その正体を知る由もなく、二人はただの偶然だと笑う。
『でへへ……どういたしましてぇ』
思い出話を盗み聞きしていたラキも、思わず頭を掻いていた。
——すると、声を上げるルキの頬に、ピシャリとクリームが飛ぶ。
「あっ——いけね」
すぐに気づいたナナ。
「ルキ様! 私が……」
取り出した布巾で、それを拭おうとするが——。
「あ、あの……」
その手は、彼の前で止まってしまう。
「……ん?」
ナナにとってのそれは、近くて遠い距離だった。
以前までは、こんな感情にはならなかったのに——なぜだろう。
彼に近づけば近づくほど、その手には熱がこもり動かない。
それに、触れようものなら——この熱はきっと伝わってしまう。
そうすれば、変に思われないだろうか。
彼に嫌われるんじゃないだろうか。
そんなことを恐れ、ナナは顔を伏せていた。
すると——。
「——これ、貸してくれんのか?」
「えっ!」
まっすぐな目で彼女を見るルキ。
「あ……はい。使ってくださいまし」
勘違いをした彼に、ナナも思わず布巾を渡す。
——その意図は伝わることなく、時間は進んでしまった。
今の彼女にとって、鈍感な彼の行動はまさに助け舟。
不本意ではあったが、彼女はいとも簡単に、それに縋ってしまったのだ。
「おう——ありがとな、ナナ」
そんなことも露知らず、受け取った布巾で自ら頬を拭うルキ。
『——だぁぁ! ルキってば、なんで受け取っちゃうのよぉ! 本当にわかってないんだからぁ!』
固唾を飲んで見守っていたラキは、またしてもすれ違う二人に、頭を抱えるのだった。
——夕刻前。
別れの時間が迫ったルキは、彼女を前を歩いていた。
「それでさぁ、ルミナのやつが——」
その後ろには、再び表情を曇らせるナナ。
思うようにいかず、彼と同じように笑えない自分を歯痒く思っていた。
『ナナちゃん……』
勇気を出そうとした瞬間も、確かにあった。
だが、最後の一歩だけがどうしても踏み出せない。
その度に肩を落としていく彼女を、ラキも見ていられなかった。
「——よし。ここまででいいか? ナナ」
「え? は、はい……」
気がつけばそこは、初めに待ち合わせた広場の景色だった。
「じゃあ、俺はこっちだから——またな」
「はい……それでは」
苦笑いをしながら手を振り、彼に背中を向けるナナ。
長いようで短い一日が——ここで終わってしまった。
——しかし、次の瞬間。
彼女の元に——幸運の女神が舞い降りた。
「——はぅっ!」
何かが乗り移ったように、ピンと背筋を伸ばしたナナは——やがて振り返り、走り出す。
「ルキさまぁ!」
慣れない手つきでスカートをつまみ上げ、その足を彼の前で止めた。
「ナナ? どうしたんだよ?」
下を向きゆっくりと息を整えたナナは、真っ直ぐと顔を上げる。
「今度——私のお家に来ませんか⁉︎」
「なっ! ナナの家に⁉︎」
急に顔を近づける彼女に、ルキは思わず目を泳がせた。
「うんと美味しい料理を作りますから!」
どこにそんな勇気が残っていたのか、さらに前へと歩み寄るナナ。
彼女からくる微かな甘い香りが、少年の鼻をふわりと通り抜ける。
そして。
「まあ——ナナがいいなら……」
それに誘われるように、彼は答えた。
「あはっ!」
目の前には、今日一番の笑顔を見せる少女の姿。
先ほどとは——まるで別人だった。
「それなら決まりですね! 次の休日——お待ちしていますよ! おほほほ」
「お、おう……」
これで、次に会う約束は作った——。
役目を終えた彼女は、すぐに踵を返し、たじろぐ彼へと大きく手を振るのだった。
——やがて、その場を去ったナナは、隠れるように曲がり角を曲がった。
「ようし! ちょっと強引だったけど、何とかなったわ——」
そして、彼女は大きく拳を握る。
そう——。
これらの彼女の行動は——すべてラキによるものだった。
生者への憑依により、ナナの体を動かし、代わりにルキへと近づく。
勇気がないなら、自分が分けてあげればいいのだと、ラキは考えた。
「えへへ……最初からこうすればよかったんだ」
弟のルキとナナは、確かに惹かれ合っている。
だからこそ——二人が結ばれる未来を、姉として見届けたかった。
「後は、私の料理をルキに振る舞えば……むふふ」
さらにラキには、考えがあった。
屋敷に来た彼を、得意の料理で満足させれれば、二人の仲はますます近付くだろうと。
溢れる笑みを抑えるナナ。
これで全てがうまくいくと、肩を揺らしていた。
——しかし、次の瞬間。
(もし! そこのあなた——)
聞き覚えのある声が、彼女の中に響いた。
「……えっ? 今のって——」
耳を抑えるラキだったが、それは彼女の意識へと——直接伝わっていた。
(あなたは一体、誰ですの?)
何度も耳を疑うが、確かに聞こえる声。
それは紛れもなく——ナナのものだった。
「うそ……!」
彼女に憑依することで、すべての主導権を握っているつもりでいたラキ。
だが——ナナの人格は、決して眠ってなどいなかった。
なんと、ナナに憑依してしまったラキ。
そしてさらに、ナナは彼女の存在に気づいてしまう……。
そんな彼女は、全てを見守る幸運の女神に、何を求めるのでしょうか。
お次は火曜日!




