第45話 見捨てねえよ
追い詰められた鼠となった彼らは、この危機をどう切り抜ける⁉︎
そして、マリラの思いの行末は……。
見捨てねえよ
どうぞ。
最後の言葉を胸に刻み、マリラの光をそっとしまい込む俺を——無慈悲な瞳が見守る。
「——小さい方のエギルが消えましたね……」
「死んだか、逃げたか——今はどっちでもいい」
既に勝利を確信していた四天王の二人は、この状況にあぐらをかいていた。
「ガンツ!」
体に受けた氷を使い切り、いよいよかと膝をつくガンツに、マルクは肩を貸す。
「そんな体で飛ぶつもりか? 外壁に叩きつけられるか、激流の中に溺れ去るか——拷問よりも辛い死が待っているぞ」
終わりを告げる死の言葉。
さらに、目の前に並び立つのは、半妖兵軍団。
俺も、マルクも、ガンツも、生殺与奪の権を奪われていた。
——しかし、その場に響くのは笑い声だった。
「くっくっく……」
夕日に染まるに水路にて、肩を揺らすガンツ。
誰もがわかるその虚勢に、皆が呆れ返っていた。
「はぁ……ついに頭に虫でも沸きましたか——」
もはや、同情の色すら見せるシュダに、彼は言い放つ。
「ははっ! 違えよ——こいつのしぶとさは、俺が一番よくわかってらぁ」
「ガンツ……?」
肩を潰され、足も潰され、大量の血を失ってもなお、絶望を笑い飛ばす。
マルクも戸惑う中——ゆっくりと視線を向け、ふっと息を吐くガンツは。
——一言だけ残した。
「——バカな弟を頼んだぜ」
次の瞬間、外へと放り出されるマルクの体。
(——なにっ⁉︎)
突然の奇行に、その場にいるすべての人間の思考が止まる。
そこにあったのは——夕陽を背に、上から下へと消えていくマルクの姿だけだった。
皆が視線を泳がせる中、初めに動いたのは翼の男。
「し、正気ですか⁉︎」
外へと身を乗り出したシュダは、音と煙を立て、無情にも流れ落ちる水柱を見下ろす。
「なぜ——どうやったって、死しかありませんよ……」
空から水流を眺めていると、やがて、デノイルがいつにない声音を張り上げた。
「馬鹿者! 奴に死なれてはことだ——なんとしてでも、お前の目で見つけ出せ!」
一喝を受けたシュダは、何か思い出したかのように部下たちに号令をかける。
「くっ——あなたたちは、川下に向かいなさい!」
「「「ハッ!」」」
彼らが水路を引き返す中、嘲笑う男を睨み捨てる千里眼の瞳。
「ガンツ……覚えていろ!」
すぐに滝壺に急降下し、それを見送ったデノイルは瀕死の男へと顔を向ける。
「バカなことをしてくれたな……さて——」
表情こそ変わらないが、彼の目には、内なる怒りのようなものが宿って見えた。
「皇帝様の大事なおもちゃを奪った罪は重いぞ——剛剣のガンツ」
「はは……そんなに大事なら、一生水流の中で宝探しでも——」
——刹那、無力な男に一閃が走る。
「うあぁぁぁ‼︎」
マルクを放り投げた右腕が、躾けられるように切り離された。
(ガンツ‼︎ やめろデノイル!)
「——ほう、まだいたのか、転生者よ」
白々しい言葉をかけ、見せつけるように手のひらに光を込める。
マナを持つものに干渉し——攻撃を許す力。
マリラを傷つけ、死ぬ寸前まで追い詰めた濃い光に、俺は恐怖を走らせた。
(く、くそっ……!)
いよいよかと覚悟決めていると、それをしばらく眺めていたデノイルは、なぜかその光を引っ込める。
——そして、持っていた剣をこちらに突き入れた。
(わっ!)
「うぐっ……‼︎」
俺の体をすり抜けた剣先は、背後にいたガンツの胸元に突き刺さる。
「ぐぐっ……」
(くそっ……! なぜ⁉︎)
さらに、無視するような冷たい目で、手元をこねくり回すデノイル。
「転生者よ……貴様の存在は怖くない。それよりも、私はこの男に用がある——」
勢いがなくなっていく流血は、死期の近さを物語る。
もはや、ガンツは声をあげれないほどの状態になっていた。
(ガンツぅ……)
——何度も見た光景。
目の前で散っていく命の数々。
盾になろうにも相手にもされない。
指を加えて見ているしかない。
苦痛が残り続ける、無力を噛み締める時間。
何度味わっても慣れない時間の中で、俺は一つだけ彼に聞く。
(ガンツ……お前はなぜ飛ばなかった?)
ガンツは、ただ黙し——下を向いていた。
(今だってそうだ。生き残る可能性は無いに等しいけど、それに賭けないなんて、何かおかしいぞ?)
彼の後ろには、断崖絶壁。
何度も賭けに出る機会はあったはずだったが——俺の目には、彼が何かを迷っているように見えていた。
「ふっ——面白い。最後に聞いてやろう」
攻撃の手を緩めるデノイル。
最後まで逃げの意思を見せなかったガンツは、ようやく思いを絞り出した。
「あいつら……あいつらを、見捨てることはできねぇ——」
(あいつら?)
俺が理解できなかった彼の言葉を、目の前の男が晒すように答える。
「——貴様の部下たちのことか? 最後まで上司を信じ、無力にも散っていったぞ」
「……やっぱりか」
予感していたガンツだったが、仲間たちの死に歯を食いしばり、続けた。
「バカでお人好しだけど、人間の心を持った——いい奴らだった。それなのに、俺なんかの為に……」
(……そうか。お前を、助けてくれたんだな……)
——俺はようやく、上での状況を理解した。
おそらくガンツには、自分の盾になってくれた仲間がいた。
マリラが“見捨てないで”と言葉を残したのも、それを目の当たりにしてのことだろう。
彼らの絆を、見てたんだ。
水路に駆けつける頃には、彼は既に、ここに残ることを覚悟していたのかもしれない。
「……ちくしょう」
気がつくと、彼の頬には大粒の涙が流れていた。
「あいつらの顔が、どうやっても離れてくれねぇんだ。……こんな事なら、日頃の行いを改めるんだった……」
仲間との絆、思い出の日々が足枷になり、後悔すら覚えるガンツ。
——しかし、それに水を差すように、デノイルの剣に力が入る。
「ゴミのような連中なんか、初めから見捨てたほうがよかったと、さぞ後悔していることだろう——」
手元から発せられるマナが、徐々に剣先へと伝っていく。
だが、胸へと近づくその熱を押し返すかのごとく、ガンツはその剣を剛く握った。
「バカ言え……俺は何一つ後悔してねぇし、死んでもあいつらを見捨てねえよ。だからこそ——ここに残った」
最後の思いも、力も、何もかもを絞り出す剛剣の男。
自分の物語に終止符を打とうとしていた彼に、俺は絶望の声を上げる。
(ガンツ! 駄目だ、まだ——)
未練すら残らない。
そうなればバルナ国王と同様、彼のエギルは完全に消え去ってしまう。
やがて、デノイルが持つ剣が炎に包まれた。
熱を帯びた刃は、ガンツの肉を灼き、煙を立て始める。
「爆ぜろ剛剣」
——そして、引き金を引くような呟きに、その体は爆散した。
(ガンツ——っ‼︎)
水路に差し込む夕陽の赤を、塗り潰すほどの爆炎。
人の心を持ち続けた帝国の戦士ガンツは——ついに、アリヴェルの地を踏むことなく、命を終えた。
剛剣ガンツ、ここに死す。
仲間との絆を取ってしまいました。
人間の心を持っていては、帝国では生き残れないのかもしれません。
次回は金曜日。
お次のお話を——是非‼︎




