第38話 迫る救いの手
カガミとマリラによるマルク救出作戦。
果たして間に合うのだろうか……。
迫る救いの手
どうぞ。
地下牢の一室に、しばらくの静寂が続く。
同郷の男から放たれた衝撃の事実に、ガンツは動けずにいた。
彼の心の中には、様々な感情が生まれていたが、やがて——その一つが弾ける。
「マルクぅぅぅ!」
——掴んでいたマルクの体を、壁へと叩きつけた。
「でたらめを言うんじゃねぇ——この偽善者野郎がぁ!」
息を荒らげ、顔を近づけるガンツ。
何度も思った弟の名を、軽々しく口にされた——その一言で、怒りが爆発した。
「ぐぐ……嘘じゃない。君の弟フラッツは——確かに生きている」
「てめぇ! まだ言いやがるかぁ‼︎」
硬い拳がマルクに見舞われた。
さらに、這いつくばる体は無理やり起こされ、次の拳が向けられる。
「俺が帰った時、村にはもう妖魔しかいなかった! 俺の家にだって、残っていたのは、あいつの血痕だけだったんだ!」
全てが滅びた日のことを思い出し、彼の頭にはますます血が昇る。
——だが。
「それが彼のものだと、君は確認したのか……?」
マルクの口は、減らなかった。
「ぐっ——黙れぇ!」
その顎は、すぐに撃ち抜かれる。
そして、言葉にならない感情を乗せた拳を、彼は何度も振り下ろした。
——やがて、マルクは血反吐を吐き横たわる。
「はぁ、はぁ」
とうとう言葉を失い、ただ立ち尽くすガンツ。
しかし、戸惑いを残し黙っていた彼に——マルクは笑いかけた。
「……ふっ。情けない自分は、よく兄に殴られたとフラッツは言っていたよ——」
「こいつ! まだそんな口が……」
再び拳を握りしめる——だが。
「怖かったけど……誰よりも優しかった兄を——いつか超えたいとも言っていた」
震える手は、ゆっくりと下げられた。
その拳を止めたのは、彼の知り得なかった弟の思い。
——やがて、荒かった呼吸が、少しずつ静まっていく。
顔を歪め、歯を食いしばるガンツだったが、その奥に生まれた感情までは消せなかった。
そして、その場に腰を落とし、しばしの沈黙の後——。
「……続けろよ」
彼はポツリと呟いた。
ようやく止んだ拳の雨。
安堵したマルクは、壁へと体を起こし——あの日の出来事を語り始めた。
「——あの日、遅れて救助に向かった僕たちは、一直線に村を目指した。その道中で、フラッツは無事救助されたよ」
「村の外だと?」
信じられない弟の行動に、ガンツは眉をひそめる。
「なんであいつが、そんなところに——」
「彼が目指していたのは——アリヴェルだ」
最果ての村は、一度見捨てられた。
それでもなお、女神の存在を信じた少年は、震える身体を押し、危険を承知で、その地まで助けを求めに行った。
だが——。
「勇気だけで埋められるような距離じゃなかったようだね。気の毒に——彼は道半ばで力尽きていた」
淡々とした言葉。
しかし、その裏にある過酷さは、容易に想像できた。
弱虫だった弟が選んだ行動。
それは、ガンツにとって到底信じられないものだった。
「よっぽど、みんなを救いたかったんだろうな。彼は譫言みたいに繰り返していたよ。——“村を、救ってくれ”って」
短い沈黙が流れる——やがて。
「あのバカ……」
ガンツは、顔を伏せた。
握りしめた拳を、小さく震わせながら——。
自分は、女神の国に裏切られたと思い込み、ただ下を向いていた。
だが——弟だけは違った。
最後まで、希望を捨てていなかったのだ。
「……これが、紛れもない真実だ」
語り終えたマルクは、すべてを委ねるように目を閉じる。
ガンツには、彼の言葉を疑う余地はなかった。
弟の名を出した時点で、その答えは分かっていたからだ。
——そして、言葉を失っていた彼に、マルクは静かに囁いた。
「弟に——会いたくないか?」
ガンツの大きな肩が、ピクリと揺れる。
まるで、心の隙を突かれたような感覚。
「……何を言っている?」
ゆっくりと顔を上げ、その視線はマルクへ向いた。
さらに。
「国が滅びた後、僕はある場所で——彼に会ったことがある」
ガンツの心が大きく揺さぶられる。
弟の所在を知る口ぶりに、彼はその目を見開いた。
「なんだと……! 一体どこだ⁉︎」
再び掴みかかり、その肩を揺らす。
「てめぇ! 聞いてんのか⁉︎ 答えろ!」
だが——マルクは答えない。
ただ、じっと彼を見つめるだけ。
何かを訴えるように……。
「マルク……? まさか——」
その目配せに、ガンツは気づく。
彼の恐るべき意図に。
それは、今の自分にとって——まさに“悪魔の囁き”だった。
「……本気なのか」
しばしの静寂の後、その手はゆっくりと離された。
「当然だ。僕はどんな時でも希望を捨てない——知っているだろう?」
満身創痍の状態で笑うマルク。
彼の諦めの悪さは、直接剣を交えたガンツには、よくわかっていた。
「全くよぉ……信じられないぜ——」
頭を掻き、呆れた様子を見せる。
その目は、ほんの一瞬だけ細められた。
——最果ての村は、帝国の手引きによって潰された。
妖魔を従えるこの国を見ていた彼には、すぐに納得できた。
だが自分には、皇帝に拾われた義理もある。
ここで終わらせるべきか——それとも。
短い長考の後、ガンツは小さく舌打ちする。
「……数時間後、また来る——それまで、体を休めておけ」
弟の所在を知るマルクの出現により——ついに彼は決意をした。
彼が最も優先したかったのは、やはりフラッツの存在。
「ふっ——助かるよ」
ようやく応えてくれたガンツに、マルクは微笑む。
そして、彼の背中を見送っていたその瞳は——その時に備え、暗闇へと帰るのだった。
——彼がガンツに訴えかけていた意図とは。
それは。
“自分をこの場から逃がせ”という——裏切りの提案だった。
人知れず手を結んだマルクとガンツ。
しかし、この時二人は、帝都に迫る二つのエギルに、まだ気づいていなかった。
ここに来てまさかの同盟でした。
利害一致を果たした二人の行く末は!?
お次は火曜日!
一体どうなる!?




