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天声だだ漏れ転生〜女神の温もりと共に〜  作者: 白銀鏡
【第二部】 第四章 力と共に
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第36話 女神への怒り

帝国の人間には、当然人の心を持つものもいます。

ですが彼は……。


偽善への怒り


どうぞ。

 浅い眠りから目覚めたマルク——。

 傷ついては止血を繰り返す、見るも無残な体の痛みは、彼の眠りを決して許す事はなかった。


「……っ」


 声を出すことすら惜しいほどに消耗し、ただ石畳を見つめていると——やがて、扉が泣くように軋んだ。


「——さぁさぁ起きてください。おしゃべりのお時間ですよ」


 パンパンと手を叩き、部屋へと入ってきたのはシュダ。

 その後には、退屈そうにあくびをするガンツの姿もあった。


「そろそろ女神様の事、お話しする気にはなりましたか? それともマルクさんは、拷問がお好きでしたか? フフフ——」


「……」


 女神の騎士は、這いつくばったまま動かない。

 眉を顰めたシュダは、なんとか興味を引こうと嘲るように語り始める。


「しかし、バルナでの戦いでは肝を冷やしましたよ。我々の作戦をことごとく破るのですから——しかもあんな、少年少女に……」


 その言葉にピクリと動いたマルクは、ようやく口を開いた。


「ルミナとルキは……どうした?」


 彼が最も懸念するのは、二人の安否。

 

 それにピンときたシュダは、口角をグッと吊り上げた。


「ほぉ……ルミナさんとルキ君と言うのですね、あなたの大切なお仲間の名は。まだお若いのに、お気の毒に——」


 心にもない同情の眼差しを、マルクは睨み止める。


「まさか……二人に何をした?」


 ——次の瞬間、彼の口からあまりにも残酷な事実が語られた。


「少年ルキ君は、妖魔の実験材料に。そして、ルミナさんは、今頃帝国兵の男達に——フフフ」


 嘲りを含んだその声が、心を抉る。

 言葉にならない感情が、胸の奥で静かに燃え上がっていく。

 それでもマルクは、かすれた声を無理やり絞り出した。


「二人を——解放しろ」


 それは——静かな怒り。

 だが、そのかすかな炎に、さらに油が注がれる。


「安心してください——お二人とも、まだ生きていますよ。それにルミナさんは、案外楽しんでらっしゃるかもしれませんねぇ?」


 ——その瞬間、帝都全体を包むほどの怒号が鳴り響いた。


「やめろぉぉぉ‼︎ ルミナに手を出すなぁぁぁ‼︎」


 怒り狂うマルクの姿は、まさに理性を失った猛獣そのもの。

 しかし、伸びきった鎖がその体の自由を奪う。

 小さな男の目の前で、彼の動きはぴたりと止まった。

 

「——ひっ!」


 死に瀕した者とは思えない覇気に呑まれ、シュダは思わず尻餅をついてしまった。


「おいおい。動けねぇ相手に——何びびってんだ……」


 隣にいたガンツが、その様子を呆れたように見下ろしていると——我を取り戻したシュダの顔が、怒りでみるみる赤く染まっていく。


「貴様ぁ……黙りなさい!」


 そして——目にも止まらぬ速さで、何かが振り抜かれた。


「——ぐっ!」


 脳へと走る激痛に、マルクの体が大きく揺らぐ。

 だが——その程度で収まる怒りではなかった。


「二人を……離せぇ……」


 絞り出されたその言葉に宿るのは、確かな反抗の意思。

 しかし、その意思を無視するかのように——苦痛の雨が容赦なく降り注いだ。


「アハハハ! ほらほら! 痛いですか? 悔しいですかぁ⁉︎」


 楽しげな声と共に、彼の手に握られていた鞭がしなる。


「仲間のために——もっと耐えなさい! 苦しみなさい! 嘆きなさい!」


 打ち据えられるたび、体の自由が確実に削られていくマルク。

 やがて抗う力すら失い——その意識は、ゆっくりと暗闇へと沈んでいった。


「——ル……ミナ」


* * *


 再び、決して長くは無い暗闇の時間が終わった。


「……ぐぅ」


 すぐに襲いかかる激痛に引っぱられ、思考が遅れてやってくる。


「——んあ? 起きたか……ふぁーあ……」


 目の前にいたのは、壁へと座り込み、伸びをするガンツ。

 だが、痛みに目覚めてもなお、マルクの意思は変ることはなかった。


「——会わせろ……仲間に、会わせろぉ……!」


 おとなしくしていた鎖が、彼の怒りによって再び轟く。

 一体どこにこんな力が残っているのだろうか……。


「うるせえなぁ……そんな奴ら、ハナからここにはいねえよ——」


 ——彼の言葉に、マルクの怒りは静かに収まっていく。


「なん……だと?」


 鎖の轟音が収まる中、ガンツはめんどくさそうにため息を吐いた。


「仲間が捕まってるなんて、あいつが勝手についた嘘だ。お前が悔しがんのが面白いんで、あることないこと言ったんだろ——」


 溶けるように、地面へと倒れ込むマルク。

 二人が無事だったこの事実が、何よりも彼の心を癒していた。


「そう……だったのか——」


「勘違いするなよ? お前があんまりうるせえから、黙らせてやっただけだ。——全く……眠れやしねぇ」


 ガンツはそう言って、再び瞼を閉じる。


 ——まるで敵意を見せないその態度は、目覚めるたびに苦痛を繰り返していたマルクにとって、あまりにも異様な光景。


 やがて彼には、疑問を抱く余裕さえ生まれていた。


「君は……僕に何もしないのか?」


「あ?」


 地面から這い上がるような声に、ガンツは目を覚ます。


「あいつらと一緒にするんじゃねぇ——大体、無抵抗のやつをいたぶって、何が楽しいんだか……」


 彼の中には、確固たる“人の心”が垣間見えていた。

 悪魔に魂を売ったと言われる帝国に、そんな一面を持つ者がいると知ったマルクは、思わず小さく息を漏らした。


「……ふっ、そうか。それなら構わないが」


 ——しかし、彼の安堵する姿を見たガンツに、何かが引っ掛かる。


「お前、仲間の無事がそんなに嬉しいかよ?」


「当然だ——だから、仲間と呼ぶんだろう?」


「——っ!」


 躊躇わず飛んでくる返答に、彼は一瞬言葉を失い、何かを言いたそうに口をつぐんだ。


「……ふん」


 何かの思いを押し殺し、立ち上がって一言だけ言い残す。


「——女神の居場所なんか、さっさと吐いちまえよ」


「……帝国に話すことなど何もないさ。だけど、気を遣ってくれて——感謝するよ」


 その言葉を受け取り、再び笑みを見せるマルクだったが——。


「そうじゃねぇ!」


 突然——声が荒げられる。

 その顔は、先ほどまでの穏やかな顔とは違っていた。


 やがて、強く握った拳を見つめながら——ある事を口走る。


「大陸の英雄である、女神の国? 笑わせんじゃねぇ! 血も涙もねぇ偽善者連中のくせによぉ——」


「偽善者……?」


 それは、大きな肩を震わせるほどの強い怒りだった。

 その片鱗に触れたマルクは、戸惑いの表情を浮かべる。


「教えてくれ、君の過去を——」


 聞き捨てならない言葉に問いかけようと、ゆっくりと体を起こす。


 だが——。


 ガンツはその手を解き、牢を後にしながら、一言だけ言い捨てた。


「とっとと見捨てろよ、()()()みたいにな」


 ——彼の悲しげな背中は、扉の奥の闇へと消えていく。


 以前、()()だという言葉を口にしていたガンツだったが、彼が背負う過去の重さを、マルクはまだ理解できていなかった。

女神の国を偽善と語るガンツ。

一体彼には何が……。


お次は火曜日!

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