第35話 悪夢の正体
第17話、第24話でも見られた悪夢再び。
まるで現実のような不思議な夢とは一体……?
悪夢の正体
どうぞ。
玉座の前に立ち並ぶ、忌まわしき黒甲冑の兵士。
(また、夢なのか? 今度は一体——)
それは、俺が度々見ていた悪夢の映像だった。
はっきりとした意識で辺りを見渡すと、そこには、無数に転がる死体の中心で膝をつく——懐かしき青髪の騎士。
(マルクじゃないか! じゃあ、ここはバルナか……?)
彼を最後に見たあの戦いを思い出したが、俺はある違和感に気づく。
横たわる白銀の鎧には、まるで女性が祈るように手を合わせる姿が形取られていた。
玉座を見ても、壁を見ても、何一つ見覚えのあるものがない。
(バルナ兵じゃない……? それにこの紋章は——女神?)
やがて、マルクの周りにいた数人の帝国兵達は、ギチギチと音を立て、おぞましい姿へと変わっていった。
「くっ……化け物め!」
手足を鋭い刃物のように変形させる者
筋肉が膨れ上がり肥大化を遂げる者。
その姿は様々なものだった。
(半妖だ! マルクが危ない——)
例の如く、体の自由は効かない。
俺は居ても立っても居られないこの状況を、黙って見ているしかなかった。
——すると、俺の体は一人でに動き出し、彼の前へと駆けつけ言い放つ。
「マルク……女神の騎士達は全滅しました。あなただけでも早く逃げなさい。これは女王命令です——」
耳に響いたその音は、紛れもなく女性のものだった。
考える暇もなく、俺はマルクの震えた声を背中に受ける。
「いやだ! 僕も最後まで残ります! 女神の騎士だからじゃない——母の様に接してくれたあなたを、大切に思っているから……」
溢れんばかりの彼の想いに、俺の胸は無性に熱くなっていた。
「……レイスと、同じ事を言ってくれるのですね——」
呟く俺は振り返り、視線の先にあった、涙で歪む顔を優しく抱きしめる。
「あなたはこの国の最後の希望。それに私は、いざとなれば逃げられる術を持っています——」
そして、抱き寄せた彼の耳元で一言だけ囁いた。
とある少女の顔を、瞼の裏に映しながら……。
「あの子の事——頼みましたよ」
(え……? 今のは、ル——)
——俺が彼女の顔を確認した、次の瞬間。
引き剥がされたマルクの体は、突風により窓の外へ放り出された。
(マルク⁉︎ そんな……!)
風を纏い吹き飛ばされる彼の姿は、ガラスの割れる音と共にすぐに見えなくなってしまう。
「……——ステラ様ぁ!」
遠ざかるマルクの口は、誰かの名を呼んでいるように見えた。
——矢継ぎ早な展開の中、再び半妖軍団と対峙させられた俺は、少しずつ状況を理解する。
(そんな……これはまさか——)
味方もいない絶体絶命の危機に冷や汗をかいていると——突然、辺りの空気が凍りつくような感覚に包まれた。
「——ククク」
ゆっくりと開かれた扉の奥からは、聞き覚えのあるあの不気味な笑い声。
(——っ⁉︎ 野郎……こんなところにまで!)
真っ黒のローブを纏う白髪の男。
ゆっくりと歩を進めるのは——皇帝だった。
「会いたかったですぞ。女神様——」
帝国兵達が道を開ける中、その男の悪意と欲望に満ちた眼差しが、刺す様にこちらに向けられる。
——しかし、奴が刺したのは、視線だけではなかった。
(——ぐ、あぁぁぁ……!)
「あぁ!」
俺の体に打ち込まれたのは、何本もの骨のような触手。
反撃の暇さえ与えてもらえず、激痛に苛まれながらも、俺は全てを理解した。
だが——。
(それより——ああ……い、痛ぇ……!)
みるみるうちに思考は停止していく。
真っ赤に染まっていく走馬灯と共に、俺はただ意識を遠のかせていくのだった。
* * *
(——うぐぐ! 痛い……ああ!)
『カガミさん! しっかりして!』
視界を見失ったまま聞こえてきたのは、マリラの声。
彼女は暴れる俺をどうにか抱き留めていた。
(うぅ——マリラ……?)
情けない声を上げた俺は、癒しの抱擁に包まれながら、辺りが明るくなっていることに気づく。
『——怖い夢でも見たのね。でももう大丈夫。カガミさんを怖がらせるものは何もない。落ち着いて、私の声だけを聞いて……』
マリラはしばらく、子供をあやすように俺の体をぽんぽんと叩いていた。
その温もりにあてられていた俺は、徐々に落ち着きを取り戻す——。
(……俺、さっき何か言ってたか?)
彼女は静かに答えた。
『——いいえ、特には何も。ただ、マルクさんの名前を……叫んでいたわ』
(……そうか)
俺も一言だけ返し、その先の言葉を飲み込んだ。
女神の騎士として、押し寄せる帝国から俺を守ろうとしていたマルク。
間違いない、あれは——アリヴェルだった。
そして、このはっきりとした痛みの感覚——。
それもまた、紛れもない現実。
この悪夢の正体はおそらく、過去に起きた記憶そのもの。
ヨヨの言う通りだった。
『何かあったの? カガミさん——』
長い沈黙に、心配そうに尋ねるマリラ。
だが俺は、そのことを考えないようにした。
今優先すべきは——マルクの方だ。
(心配かけてごめんな、マリラ。俺はもう大丈夫だから——)
気遣うように微笑んだ彼女は、俺の体をそっと離した。
『……そう、ならよかったわ。でも何かあったら、いつでも私やラキに話してみてね』
(ああ。必ず話すよ……ん?)
その瞬間——俺は気づいた。
(——け、気配だ……感じるぞ!)
それは儚く、そして力強く燃え上がる命の炎。
俺はようやく、マルクの目覚めを感じ取る事ができた。
(よかった……まだ、生きていたんだ——)
失いかけていた希望を取り戻し、ホッとしたように笑うマリラと共に、俺はその方向を見据える。
『——さぁ、行きましょうカガミさん。マルクさんが待ってるわ』
その温もりを胸に残したまま、彼女と俺は、再び北の地へと飛び立つのだった。
悪夢の正体——。
それは誰かの記憶でした。
しかし、今は考えている暇はありません。
いつか嫌と言うほど向き合わなければいけませんから……。
お次は金曜日!
では——。




