第41話 託された想い
ついに始まる妖魔退治。
彼女のたちの力があれば、お茶の子さいさい。
と思いきや……。
託された想い
どうぞ。
里の裏手から、招かれざる者たちが足を踏み入れる。
指令を受けた数々の妖魔が、獲物へ向かって一直線に迫っていた。
「おばあちゃんが……!」
「急ぐんだ、デイン! ソヨばあさんは私が——」
皆が逃げ惑う中、真っ先に狙われたのは、歩みが遅れていたソヨ。
一人の男が駆け寄るが、魔の手はすでにそばへと迫っていた。
「おばあちゃぁん!」
「ダメだ……」
ソヨを包み込もうとする大きな爪。
その恐怖に、男は思わず足を止める。
すると——絶望に染まった空気の中を、凍てつく波動が駆け抜けた。
「これでも食ってなさい!」
氷の刃が、迫る敵へと降りそそぐ。
妖魔は四肢を引き裂かれ、その場に倒れ伏した。
「さあ、今のうちよ!」
デインたちが振り返った先には、手をかざすニーテの姿。
「ニーテさん!」
「すまない……!」
男はすぐにソヨの体を抱え、戦士の誘導に従って飛び立っていく。
「これで、一匹討伐……!」
ニーテはギュッと拳を握り、次なる標的へと目を向けた。
しかし——。
「……ググ」
彼女の背後で、倒れたはずの妖魔が再び息を吹き返す。
「どんどん行くわよ!」
初討伐に笑みを浮かべる彼女は、それに気づかない。
そして、妖魔は大きく口を開き、無防備な背中へかぶりつこうとする。
その時——。
「油断大敵——」
「わぁぁっ⁉︎」
一人の戦士が、ニーテの横を疾風のように駆け抜けた。
「こいつ……まだ生きてたの⁉︎」
振り向いた先には、血飛沫の中で剣を振り抜くジーンの姿。
「こいつらの肉体はすぐに再生します——確実な死を、ちゃんと見届けてください」
「すみません、ジーンさん……」
不覚を取り、声色を低くするニーテ。
「今度こそ、負けない!」
しかし彼女は、今一度深呼吸をし——すぐに次の行動へと切り替えた。
一方、その頃——。
「豪炎よ!」
(焼き払え!)
かつて見たこともないほどの火柱が、瞬く間に敵を焼き尽くす。
その場を制圧していたのは——二心同体の術を身につけた白銀の魔法使い。
「カガミ。まだいける?」
(もちろん! こちとら早く戦いたくて、うずうずしてたんだ!)
彼女の中に響くのは、今までにない興奮を覚えていたカガミの声。
(ようし! 次は色々掛け合わせて、同時に行くぞ!)
「わかってる——そう慌てないでよ!」
猪のように猛る心を抑えながら、ルミナは溢れんばかりのマナを再び両手に込めるのだった。
* * *
——里で最も高い場所に建つ、族長の家。
その前まで避難した風の民たちは、眼下で戦う三人の戦士を見つめていた。
「強い……!」
「これが、ギルバディアの戦士……」
よそ者と蔑んでいた人間が、次々と妖魔を駆逐していく。
命を賭して里を守るその姿に、彼女たちを見る民の目の色も変わっていった。
——やがて、横一列に並び立った三人は、束の間の静寂の中、乱れた息を整える。
「こいつらが、最後のようね」
「はぁ……はぁ——あと六、七体ほどでしょうか」
見据えるのは、残りわずかとなった妖魔の群れ。
誰一人命を落とすことなく、討伐クエストにも終わりが見えてきた。
皆が待ち望んだ安堵の風が、ようやく里に流れ始める。
「ニーテさん——そろそろ後方へ下がり、援護に回ってください」
仲間に指示を送り、前へと出るジーン。
「さあ、終わりはすぐそこです。最後まで油断せずにいきますよ!」
しかし、三人が再び踏み出そうとした——その時。
「待つんだ——エルリアぁぁぁ‼︎」
男の叫びが、頭上から降ってきた。
「行ってはいかん! 今すぐ戻るんだ!」
孫娘の名を叫んだのは、族長カーム。
その視線の先では、岩壁の縁に立っていたエルリアが、小さな体へ風を纏わせていた。
「ごめんね、おじいちゃん……でも私、行かなきゃ!」
制止の声を受けながらも、その身を宙へと躍らせる。
やがて、ふわりと戦場へ着地した彼女は、そのまま背を向け駆け出していった。
「エルリア! どこに行くんだよ⁉︎」
「なんて恐ろしいことを……」
デインをはじめ、皆が突然の行動に動揺する。
彼女が目指したのは——姿を消した、ある男の背中だった。
「あの方向は——」
(あいつを、追いかけるつもりか⁉︎)
残した言葉に滲んでいた、確かな怒り。
里の仲間を欺き、恐怖に陥れたペストを、どうしても許せなかったのだ。
しかし、そんな無謀な少女へ、無慈悲な牙が襲いかかる。
「妖魔が行ったぞ!」
「上へ登るんだエルリア!」
隊列を離れ、格好の獲物を追い始める妖魔たち。
それでもエルリアは、皆の声に耳を貸さず走り続ける。
そして——血に飢えた二匹の妖魔を引き連れたまま、里の外へと姿を消してしまった。
(くそっ! なんてことだ)
「こっちにも、まだ何体か残ってるのに……!」
焦りを募らせるルミナとカガミ。
追いかければ、里を守る戦力が減る。
だが、残ればエルリアが妖魔の餌食に——。
「ジーンさん……一体、どうしたら——」
ニーテの問いに、ジーンは口を閉ざしていた。
エルリアが消えた道。
目の前の妖魔。
岩壁の上で身を寄せ合う、風の民たち。
そのすべてへ、静かに視線を巡らせる。
「……」
ひどく長く感じられた、一瞬の沈黙。
するとジーンは、重い口をようやく開いた。
「ルミナさん——エルリアさんを、お任せできますか?」
下したのは、戦力を二つに分ける決断。
ルミナはすぐさま頷き、隣へ目を向けた。
「ニーテ……あなたは大丈夫?」
不慣れな実戦が続き、体力も限界に近づいていたニーテ。
だが、それでも彼女は——小さく笑ってみせた。
「ルミナさん——私は法王になる人間ですよ」
その志を知るルミナにとっては、わかりきっていた答え。
「心配なんて要りません……!」
力強い声に、すぐに笑みを返した。
「ふふ……そうよね」
人並み外れた努力を続けてきた彼女ならば——。
誇り高き戦士にこの場を託したルミナは、再び妖魔へと向き直る。
そして——深く息を吸い込んだ。
「カガミぃ!」
(もうやってる!)
手のひらへ集中していたマナが、巨大な火球となって放たれる。
炎と共に立ち昇る黒煙が、瞬く間に妖魔の視界を覆った。
敵が怯んだ隙に巨体の脇をすり抜け、ルミナはついに——その戦場を後にする。
(今行くぞ!)
「エルリアぁ!」
危険へと飛び込む少女を追い、声を張り上げる白銀の魔法使い。
すると——岩壁沿いを駆ける彼女がふと見上げた先に、ある男の姿が映った。
「離せ! わしは行かなければならない!」
「いけません族長!」
「まだ妖魔が——!」
皆に押さえられながらも、前へと体を乗り出すカーム。
「あの子は……あの子だけは、死なせるわけにはいかんのだ……!」
その緑の瞳は、いつになく震え上がっていた。
「エルリアぁぁぁ‼︎」
初めて見せる必死の形相。
胸の奥から突き上げる激しい想いが、老いた体をも突き動かしていた。
「カーム……」
その想いに、やっと触れることができたルミナ。
やがて彼女は、大きく息を吸う。
そして——。
「族長ぉ! あんたはそこを動くなぁ!」
里中に荒々しい叫びを響き渡らせた。
「エルリアは、俺たちが必ず助ける! だからあんたは、そこで待っていてくれ!」
それは、ルミナが放ったものではなかった。
(……カガミったら)
彼女の内側にいる——もう一つの心。
「ルミナ……殿」
突然の昂りに戸惑う一方で、その叫びに我を取り戻したカーム。
前へ出ようとしていた体から、少しずつ力が抜けていく。
「どうか……どうか——」
他の誰かに、大切なものを委ねることは怖かった。
それでも彼は。
——あの子を必ず助ける。
彼女が放った希望の言葉に縋るように、震える両手を合わせた。
「あの子を……守ってくれ」
膝をつき、深く頭を下げるカーム。
その姿を横目に、ルミナはふっと微笑んだ。
「急に叫ぶんだからぁ……」
(はは。すまんすまん)
そして、その信頼を背に受けた彼女は、再びエルリアが消えた方へと走り出す。
「でも絶対に——あの子を助けなきゃね」
(ああ。彼のためにも……)
風の里を後にするルミナ——。
その内側には、ひそかに温かな想いが灯っていた。
疑っていたカームの中にも、家族への強い愛があった。
カガミには——それが無性に嬉しかったのだ。
ただ一人駆け出したエルリア。
里を巡って、様々な想いが飛び交う回でした。
忙しい回で申し訳ない!
お次は金曜日!




