第39話 ナギの無念
風の里の滞在も残りわずか。
しかし、ルミナとカガミは、何かに気づいたようです。
この回にて全てが明かされます。
ナギの無念
どうぞ。
——半日が経ち、迎えたのは六日目の朝。
里の裏手には、窓一つない古びた掘っ立て小屋が建っていた。
風を通さぬよう、隙間なく閉ざされたその小屋は、無風の刑を執行するための部屋である。
戦うことを望む者がいなくなった今では、滅多に使われることがない暗闇の牢。
だがこの日、固く閉ざされていたその扉は、悲しくも開かれてしまった。
「そろそろだな」
「いつもよりは短かったけど、これで何度目だろう……」
——少し離れた場所で、二人の見張りが言葉を交わす。
やがて見えてきたのは、十二時間に及ぶ刑を終え、久方ぶりの風を全身に浴びるペストの姿だった。
「お勤めご苦労様です! 大丈夫ですか? これを」
見張りの一人が駆け寄り、杯を差し出す。
ペストはそれを受け取ると、中の水を一気に喉へ流し込んだ。
「ふぅ……ありがとう」
乾ききった体に冷たい水が染み渡っていく。
すると彼はすぐに扉へ振り返り、木製の閂を横へ滑らせた。
ゴトリと鈍い音を響かせながら——。
「さあ、行こう。カーム様の元へ」
そして、その扉が固く閉ざされたことを確かめたペストは、何事もなかったように里へと歩き出すのだった。
* * *
——風の里。
「ペストさん!」
「お帰りなさい!」
安堵の空気がペストを包む。
生還した彼を迎えるべく、里のほとんどのものが早朝から顔を出していた。
「皆……心配をかけた」
丁寧に挨拶を交わしていくペスト。
やがて彼は、その中心に立ち尽くすある男の元へと歩み寄った。
「カーム様。無風の刑——ただいま終えました」
首を垂れるその姿に、顔を顰めるカーム。
怒りなどではない何かの感情を、ただひたすらに押し殺していた。
「何も言わないでください。カーム様は族長として——正しい判断を下しただけ」
しかしペストは、そんな彼を立てるように言葉を添える。
すべてが終わり、再び穏やかな風が流れようとしていた——その時。
「お待ちください。皆様」
一つの声が、その場の空気に割って入った。
「ここにいるルミナさんから、報告があります」
やってきたのは、妖魔退治の依頼を受けた三人の戦士たち。
「報告だって?」
「今頃何を……」
名乗りを上げたジーンに注目が集まる中、紹介を預ったのはルミナ。
「カームさん」
その歩を進め、族長の前へと出る。
「私の無責任な行動のせいで、迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした——そして、ペストさんも」
二人の前で、彼女は深々と頭を下げた。
「……」
「私ならかまわない。エルリア様のことを気にかけてくれて、礼を言う」
眉を顰めるカームだったが、その横では一人微笑むペストの姿。
すると——。
「失礼ですが、族長——」
ルミナは再び視線を戻した。
「あなたの腕を見せてもらえますか?」
「……腕? 何故そんなことを」
カームをはじめとした風の民たちは、彼女の問いに首を傾げる。
その戸惑いの視線を受けながら、ルミナは一歩前へ進み出ると、集まった彼らを見渡した。
「皆さん聞いてください。あの日、エルリアをさらった盗賊たちには——協力者がいました」
「協力者……?」
「どういうことだ?」
突然の報告に、民衆はざわめき立つ。
「彼らは私たちを、ギルバディアの者だと言い当てました。つまりそれは——初めから私たちの来訪を知っていたということ」
クエストを依頼し、一行をこの地へ招き入れたのは、他でもない里の人間。
その事実に気づき、民たちは互いに顔を見合わせた。
「まさか、里の中に……?」
「そんなはずは……」
困惑の声が次第に広がっていく。
——そして。
「エルリア」
ルミナの呼びかけに応じ、一人の少女がその背後から姿を現した。
「その手がかりは、この子が持っていました」
「エルリア……?」
怯えるように祖父を見つめる、小さな瞳。
口をつぐんだままの彼女に代わり、ルミナが言葉を続ける。
「袋の中へ押し込まれながらも、エルリアは見たんです——犯人の特徴的な腕を」
そこまで告げると、ルミナは鋭い視線をカームへ向けた。
「カームさん——その腕、ここで見せてもらえませんか?」
「……何?」
一瞬、誰もが言葉の意味を理解できずに静まり返る。
だが、疑いの矛先が敬愛する族長へ向けられたと知った瞬間——民衆の怒りが爆発した。
「ふざけるな!」
「よそ者の分際で!」
「カーム様を疑うつもりか⁉︎」
嵐のような怒号がルミナへ浴びせられる。
「貴様……!」
その光景を見ていたペストの表情も、鬼の形相へと変わっていた。
「これ以上、カーム様を侮辱することは許さんぞ!」
身を乗り出し、ルミナへと詰め寄っていく。
だが、彼女はひるまない。
背後に立つ二人の戦士と共に、ただまっすぐとカームを見つめていた。
——すると、民衆の怒りに包まれながら沈黙していたカームが、ゆっくりと両袖をまくり上げる。
「……これで良いかな?」
静まり返る一同。
民の視線が、恐る恐るその両腕へと集められる。
しかし——。
「違う……おじいちゃんじゃない」
エルリアは首を振っていた。
彼女が見た祖父の腕は、犯人のものとは似ても似つかぬもの。
「当然だ!」
「仲間を売るような者など、この里にはいない!」
その反応に再び湧き上がる風の民。
「ふっ……」
族長への疑いが晴れ、安堵と怒りが入り混じる中、ペストは一人、笑みを浮かべていた。
「見ろ! 腕には何もつけていないではないか!」
見当外れな推理を嘲る声に、里の者たちも同調していく。
「やはりお前たちは悪魔だ!」
「そうだ!」
——だが、飛び交う怒号の中で放った彼の言葉を、ルミナは聞き逃さなかった。
「私は“特徴的な腕”と言っただけよ」
ペストの笑みが止まる。
「何かをつけていたなんて、一言も言ってないわ」
「……っ!」
その途端、彼の背筋に冷たいものが走った。
「もしかして、あなたは知っていたの? 犯人が腕に何かをつけていたことを」
さらに一歩近づくルミナに、ペストは思わず後ずさる。
飛び交っていた怒号も、いつの間にか鳴りを潜めていた。
そして、里の者たちの視線が二人へと集まった——その瞬間。
「例えば——こんなものとか!」
ルミナが彼の腕を掴むと、その袖を一気にまくり上げた。
「あっ! そ、それ……」
あらわになった腕につけていたのは——漆黒の腕輪。
「私が見た、黒い腕輪……!」
ビクリと反応したエルリアが指をさす。
やがて、腕輪に釘づけになったその瞳を、震え上がらせた。
「ち、違う! これは……ただの私物だ!」
ルミナの手を振りほどき、慌てて腕を隠すペスト。
しかし、怯えるエルリアを見た彼らの視線には、すでに疑いが混じり始めていた。
「カーム様、エルリアさん。こちらへ」
ジーンが二人を後方へと促す。
「まさか……本当にこの人が——」
ニーテもまた、戸惑いを隠せないまま魔導書を構えた。
「カーム様! エルリア様! こんなよそ者の言葉を信じてはいけません!」
離れていく二人に、必死に訴えるペスト。
だが——。
「残念ね。私は、妖魔を操るその道具を見たことがあるの」
ルミナがすぐさま切り捨てる。
「くっ……貴様!」
みるみる焦りをあらわにするペスト。
もはや、彼のクロは明白だった。
(あの時感じた気配の正体は——やはりこの男だったようだな)
ルミナの中に響く声。
彼女がすべてを確信していたのは、人知れず彼らを見守っていたカガミの存在があったからだ。
「自分から口を滑らせてくれるなんてね」
(うまくいったな)
芝居を終えた彼女は、男の内に靡く光を睨み据える。
すると——。
「ペストよ……」
口を閉ざし、俯いてしまったペストに、そっと声がかけられた。
「お前……なぜ、こんなことを——」
カームだった。
いや、彼だけではない。
「……嘘だろ」
「まさか、ペストさんが……」
おぞましく輝く腕輪に、肩を震わせるエルリア。
出揃った証拠を前に、皆が抱いていたのは、怒りではなく悲しみだった。
「ペストよ……正直に答えてくれ。これまで攫われた者たちも、すべて——」
責めるわけでもなく、静かに言葉を待つカーム。
これまで信じていた者が、この里に災いをもたらしていた。
何かの間違いであってほしいと、里の皆がペストを見つめる。
しかし——。
「カーム様」
重い沈黙の中、ペストが顔を上げる。
そこに浮かぶのは、皆と同じ悲しみではなかった。
「あなたが……いや、ここにいる全員が——」
青筋を立てた顔を、醜く歪ませる。
「ナギ様の無念を、踏みにじったからですよ」
それは、愛する者を想うあまりの——怒りだった。
なんとなんと!
黒幕は里の中にいた重鎮ペストでした。
風の民たちにとっては、なんと悲しいことでしょう……。
そしてついに、決着の時……?
お次は金曜日!
お待ちしてます!




