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天声だだ漏れ転生〜女神の温もりと共に〜  作者: 白銀鏡
【第三部】 第三章 風と共に
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第36話 暗闇に寄り添って

回想編の終わりです。

それは族長としてのカームの判断でした。

無風の刑に込められた想いとは……?


暗闇に寄り添って


どうぞ。

「ひっ!」


 腰を抜かしたデインは、恐怖に顔を引きつらせていた。


「ちょっと、大丈夫? でも……あいつら、どうしてそんなことを」


 その背中を支えるニーテ。


 だが、帝国の鬼のような所業を前に、彼女の手もかすかに震えていた。


「おそらく、人体実験ってやつさ。マナを見通すこの瞳が、奴らにとっては魅力的だったらしい」


 マナを視認すると言われる、緑色の瞳。


 ナギが最後に見た景色は、人体実験に晒される仲間たちの姿だったという。


「人間が、やることじゃない……!」


 ルミナはずっと、拳を握りしめていた。


 力を持ち、それを狙われる恐怖。

 そのせいで、大切な仲間たちが傷ついていく苦しみ。


 そんな痛みなど露知らず、それを平然と奪おうとする者たちが、今も昔も変わらず存在している。


 生まれてきたことさえ呪ってしまうほどの、やるせない思い。

 彼らと近しい運命が——彼女の背にも、重くのしかかっていた。


「デインを怖がらせてしまったね。この話は、もうこのくらいに——」


「だめ」


 皆の様子を見て話を止めようとしたソヨだったが、エルリアは首を振る。


「怖くたって最後まで聞かなきゃ。私たち、いつまでも子供じゃいられないんだから」


「エルリア……」


 彼女はデインの手をぎゅっと握り、互いの恐怖を和らげる。

 

 そして、顔を上げ汚れた過去と再び向き合おうとする少女に、ソヨも静かに頷いた。


「それからナギは、最後に見たあの悪夢に、毎夜毎夜うなされるようになった」


 光を失ったことで、マナの流れを見ることもできなくなった。


 それは、“風”という彼らにとって命とも言える力を失うことに等しいことだった。


「日常生活なんてままならない。ついには、目の前にいるカームの顔すらも思い出せなくなり……あの子は自ら——命を絶ったんだ」


「そんな……」


「——“この瞳の色が憎い”……そう言い残してね」


 そんな力さえなければ。

 こんな瞳に生まれてこなければ——。


 自らの運命を呪っていたナギは、最後の最後までそう嘆いていたという。


「……っ!」


 やりきれない怒りに、ルミナの顔はますます紅潮していた。


「ありがとうね。そんなふうに怒ってくれて」


 その姿を見たソヨは、ほんの少しだけ微笑むが——その表情をすぐに曇らせる。


「それは私たちも同じだったよ。はらわたが煮えくり返る思いだった。だからこそ、皆帝国と戦おうとした」


 ナギの無念を晴らすためにも、帝国を許すことなどできない。

 当時の里には、そんな声が溢れていたのだ。


「だったら——」


 当然だと言わんばかりに、エルリアが身を乗り出す。


 しかし。


「でもね、族長だったカームはそれを止めたんだよ。二度と同じ悲劇を起こさないためにね……」


 誰よりも帝国を憎んでいたはずの彼が選んだのは、復讐ではなく、里の者たちを守ることだった。


「悔しいですが、賢明な判断だったのでしょうね」


 その苦渋の決断を汲み取るように、ジーンが静かに呟く。


 風の民がいかに強くとも、相手は大陸を脅かすほどの兵力を持つ帝国軍。


 奴らは次々とやってくる。


 当時のカームも、それを冷静に見極め、族長としての辛い判断を下したのだ。


 誰よりも深い悲しみを、その胸に押し殺しながら。


「そんなの逃げてるだけだよ」


 それでもエルリアは、納得できなかった。


「そんな目に遭ったナギ……私のおばあちゃんの気持ちは、どうなるの?」


 祖母の無念さえ捨て去ったように思える、祖父の選択。


 だが彼女は——カームの気持ちを、まだ誤解していた。


「逃げたんじゃないさ」


「えっ?」


「あやつはずっと考えていたんだよ。ナギがどれほど苦しみ、どれほどの絶望を味わったのかを」


 ソヨは遠い記憶を辿るように、静かに目を伏せる。


「何日も、何日も……たった一人、暗く狭い部屋に閉じこもってね」


 その言葉に、ルミナの表情が変わった。


「そこには風も吹かない。光だって差し込まない——ナギが味わった絶望という闇を、あやつも知ろうとしたんだ」


「それって……さっきの」


 その言葉を聞いた皆の中で、一つの答えが繋がった。


「……そうさ。カームはあの子の心に、誰よりも寄り添ったんだよ」


 ——無風の刑。


 ただの懲罰だと思っていたあの刑は、ナギが受けた苦しみを忘れないために生まれたものだった。


 この里の深い傷から目を逸らしていると思っていたカーム。


 しかし彼は、すでにその痛みを乗り越えていたのだ。


「そうやってできた“無風の刑”によって——風の力をむやみに誇示することを、皆禁じられた」


 風の力を知られ、恐れられたからこそ、里の悲劇は起きてしまった。


 それならば、誰の目にも触れず力を隠して生きればいい。


「そして私たちは、何者も寄せつけないこの谷で——ひっそりと暮らすようになったのさ」


 彼らはそう理解した——いや。


 そう理解せざるを得なかった。


「初めは反対する者もいたけどね。少しずつ、皆もわかってくれるようになったよ」


 さらに、気の毒そうに目を伏せるソヨ。


「ナギを最も慕っていたペストだけは……最後まで戦おうとしていたけどね」


「ペストが……⁉︎」


 エルリアは、先ほど自分を庇った彼の背中を思い出す。


「だからさっき、私を……」


 自分と同じように、戦う意思を捨てきれなかった彼の気持ちが、ようやく理解できた。


 だが同時に、戦わないことで里を守ろうとした祖父の想いもまた、彼女の胸には残っている。


 どちらが悪いわけでもない。


 ただ、それを知ったエルリアには、もう祖父を責めることができなかった。


「エルリアにも、あんたたちにも、知ってほしかったんだよ。族長として、あやつが何を背負っているのかをね」


 話を終えたソヨが湯呑みを傾け、乾いた喉を潤す。


「私……間違ってたのかな」


 唇を噛みしめるエルリア。


 様々な想いの板挟みになり、自由を求めていた彼女の心が、再びこの里の闇へと繋ぎ止められる。


 何も答えることのできなかった皆も、その小さな姿を、ただ黙って見守るのだった。

なんとも後味の悪いことでしょう。

この世には正義も悪もないのかもしれませんね。

里の闇のお話は終わりです。


次回はなんと珍しい。

カガミのお話です。


一週間後にて

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