第34話 緑の悪魔
掟を貫くカーム。
エルリアを庇うペスト。
ついに里内に対立構造ができてしまいます。
一体なぜ……?
緑の悪魔
どうぞ。
「考え直してください、カーム様!」
必死の形相で声を上げたのはペスト。
「エルリア様はまだ幼い。あの暗闇に閉じ込めたら……お心が、壊れてしまいます」
非情な決断を下したカームの前に跪く。
だが——。
「ならん。子供とはいえ、里の掟を破った罪は重い」
目付け役である彼の懇願さえも、族長の耳には届かない。
「しかし……」
それでも引かないペスト。
やがて彼は、恐怖に震えるエルリアを見かね、ある提案をした。
「それならば、無風の牢には私が入りましょう——」
「ペスト⁉︎」
「この件に関しては、私にも責任がありますから」
思いもよらぬ申し出に、エルリアは戸惑いながらペストの傍へと寄っていく。
そんな二人の姿を見て、カームは深いため息をついた。
「ペスト……お前は知っていたのか? エルリアのことを」
「……はい」
すべてを察したような問いに、ペストは静かに頷く。
「陰で魔法の特訓をなさっていること——知っておりました」
「なぜ止めなかった?」
「……里のために戦いたい。そのお気持ちを、私には否定できなかったのです」
彼女の不正を見逃し、あまつさえその意思を肯定する。
カームは何も言わず、しばらくその姿を見つめていた。
——やがて、何かを思い出すように目を伏せる。
「お前の想いは、あの時と何も変わらぬのだな……」
「あの時?」
口を閉ざした祖父を見上げ、その体をゆらゆらと揺らすエルリア。
「それって一体、どういうことなのおじいちゃん!」
しかし、彼は答えを返さぬまま、その小さな手を優しく引き剥がした。
「ペスト——望み通り、無風の刑はお前に受けてもらう。期間は……半日とする」
その言葉に、群衆は再びざわめき立つ。
「そんな、ペストさんが……」
「風の里に、あれだけ尽くしてきたのに……」
誰しもが信頼していた彼の処遇に、皆が不憫そうな表情を浮かべる。
そんな中、当の本人はむしろ安心した様子で立ち上がった。
「感謝いたします」
そして、踵を返したカームと共に、里の裏手へと足を向ける。
「おじいちゃん! こんなのおかしいよ——悪いのは、私なのに!」
立ち去る二人の背中を呼び止めるエルリア。
だが、ペストは振り返ることなく言葉を残した。
「いいのですよ。私はエルリア様をお守りできれば——それに、もう慣れていますから」
その背中は、どこか笑っているようにも見えた。
やがて二人の姿が遠ざかり、騒がしかったその場に静けさが戻る。
そんな中——ただ一人立ち尽くす少女の元へ、一人の老婆が静かに歩み寄った。
「エルリア……お前、なんてことをしたんだい」
「ソヨおばさん……私、私……」
振り返ったエルリアは、涙で濡れた顔をソヨの胸へと埋める。
——嵐のように過ぎ去っていった、カームの怒り。
嘆く彼女を見つめるルミナもまた、一人肩を落としていた。
「俺の、せいだ……」
無論、そうさせていたのはカガミの意思。
先ほどまでの怒りもすっかり鳴りを潜め、今はただ、目の前で泣く少女に罪悪感さえも募らせる。
「やってしまったことは仕方がない。遅かれ早かれ、こうなる日が来るのはわかっておった」
ソヨはそう言って、抱き寄せた小さな背中を優しくポンポンと叩いていた。
「しかし、カーム様はどうしてあそこまで掟に拘るのでしょうか」
「何も、あそこまでしなくたって……」
ルミナの元へとやってきたジーンとニーテも、どこか納得できない様子。
だが、ソヨは庇うように言葉を返す。
「勘違いしないでおくれよ。あやつなりに里の皆を想っているんだ——皆もそれをわかってる」
「それは……失礼しました」
掟に則った行き過ぎとも思える行動が咎められないのは、それでも彼の思いを理解する者が多くいたからだった。
しかし——一人の少女だけは首を横に振る。
「私、嫌だよ」
エルリアだけは、未だ自由を捨てられなかった。
「攫われそうになって、すごく怖かったけど……だからって、外の世界を知らないままなんて耐えられない」
「エルリア……あんた、まだ」
汚れを知らない、強い意思を宿した瞳がソヨへと向けられる。
ペストが身代わりとなっても、なお揺らぐことのないその意思。
ソヨはしばらく黙り込んだ末、静かに口を開いた。
「……わかったよ。この里で起きたこと、すべて話してあげるから」
「えっ?」
「デインも来なさい——それに、あんたたちもね」
さらに、遠くから見守っていた孫のデインを呼び寄せると、余所者であるルミナたちにも目を向けた。
「恐れ入ります。ですが、本当によろしいのでしょうか?」
「いいんだよ。仕事とはいえ、あんたたちも無関係じゃなくなった——里のために、尽くしてくれているしね」
ソヨはエルリアの背中から手を離すと、ゆっくりと歩き出す。
「特別に話してやるよ——さあ、おいで」
彼女に促されるまま、一同はその後を追う。
かつてこの里で起きた、悲劇の物語を聞くために——。
* * *
風の昇降機を使い、たどり着いたのはソヨの家。
促されるまま中へと入ったルミナたちは、囲炉裏を囲むようにそれぞれ腰を下ろしていた。
「どうぞ」
手慣れた様子で、茶の入った湯呑みを皆の前へと並べていくデイン。
「ありがとうございます」
ジーンはにこりと笑い、差し出された湯呑みを手に取った。
——温かな茶が、疲れた体へと染み渡っていく。
今日一日だけでも、随分といろいろなことがあった。
しばしの静寂が流れた後——ジーンが本題を切り出す。
「それでは、お聞かせ願えますか? ソヨ様」
「……うん」
手にしていた湯呑みを静かに置くソヨ。
その指先は、僅かに震えていた。
「これはね……もう数十年も昔。この大陸で、まだ大きな戦争が起きていた頃の話だ」
「戦争……」
数十年前、この大陸で起きた大きな戦争。
思い当たるものは、一つしかなかった。
「二つの大国からなる連合軍と、旧帝国軍との——大陸戦争ですね」
妖魔を従えた旧帝国軍が、その圧倒的な力で大陸全土を恐怖に陥れた大戦。
彼らが“悪魔の軍団”と呼ばれるようになった、きっかけでもあった。
「あの戦争に……風の里の人たちも参加していたんですか?」
母からも聞かされていた暗い歴史に、ルミナは緊張した面持ちで問いかける。
だが。
「いや。私たちは、その戦争には参加できなかったんだよ」
「……できなかった?」
意外な言葉に、僅かに眉を上げる一同。
やがて、一度目を伏せたソヨは、静かにその理由を明かした。
「この瞳を持つ私たちはね……当時、大陸の人間たちから恐れられていたんだ」
そして、緑色の瞳を呪うように——そっと指を添える。
「——緑の悪魔。あるいは、“半妖”と呼ばれてね」
外の人間を悪魔だと恐れる彼らは、かつてそう呼ばれていました。
次回、短めの二話で風の里の過去編を書きますのでよろしくです!
金曜にお待ちしておりますm(_ _)m




