第32話 強さの裏側
難航するクエスト。
そんな時、ニーテはただ自分を責めるのでした。
強さの裏側
どうぞ。
風の里滞在、三日目。
族長カームの宅にて。
「——して、進展は無しか」
「はい。一匹だけ討伐したきりで、付近には妖魔の影も形もないそうで——」
ギルバディアの戦士たちが里を訪れて二日が経ったが、未だ難航する妖魔捜索に、カームは頭を抱えていた。
「やはり、妖魔を操る者は——すでに命を落としたのでは?」
以前から危惧していた、妖魔を操る者の存在。
ペストが考えたのは、以前エルリアを攫おうとした盗賊の中に、その力を持つ者がいたというもの。
「本当に、そうなのだろうか……」
里を囲むのは、妖魔ですら容易には立ち入れない谷道。
風の民を脅かす者は、すでに近くにはいないのかもしれない。
すると。
「いざとなれば……我々が戦わねば」
ペストは拳を握り、そう呟いた。
しかし——。
「ならん! それだけは……ならんのだ」
「お忘れですか? ナギ様の無念を——」
ある名を口にした途端、ペストの両肩に重い何かがのしかかる。
そして、その場に漂う空気をすぐに察し、彼はそっと拳を解いた。
「……失言でした」
頭を下げると、先ほどまで重く感じていた肩が、徐々に軽さを取り戻していく。
「……それよりも、エルリアはどうだ?」
——やがて、カームが口を開いた。
「あまり外に出ないように言っているのだが……我が孫ながら、好奇心が強くて心配だ」
先ほどとは打って変わった優しい声。
「え、ええ。エルリア様でしたら——」
ほっと息を吐いたペストは、再び続ける。
「最近、あのルミナとかいうよそ者に懐いているようで——よく足を運んでいるようです」
「あの子だけは、里の闇を背負わず、すくすくと育ってもらいたいものだ」
話を終え、背を向けるカーム。
しばしの間が置かれた。
そして——。
「……さっきは、すまなかったな」
先ほどまでの重い空気を溶かすように、彼は一言添える。
「いえ。私も感情的になってしまいました」
ペストは静かに首を振った。
「ナギ様のこと、母のように慕っていました故——では」
たった一人の孫娘の成長を願うカームに一礼し、すっと立ち上がったペストは、その場を後にするのだった。
* * *
一方。
例の幕屋にて、三日目の夜を迎えるギルバディアの戦士たち。
「黒い腕輪? エルリアさんが、間違いなく見たんですね?」
(どうやらそうらしい——それに、過去に帝国兵と対峙した時に、俺とルミナは同じようなものを見た)
炙り出される帝国の影。
少しずつだが、仮説が現実のものへと近づいていく。
しかし、それを聞いたジーンは、少し困ったような表情を浮かべていた。
「ですが、捜索して見つかった妖魔は一匹だけ——」
固く眉を顰めた彼女はさらに続ける。
「もしや、すでに妖魔たちを連れて——逃げていった可能性も考えられませんか?」
あの誘拐現場にいた可能性が高い、真犯人。
ジーンの暴れぶりを見て、あの場から立ち去った可能性は十分にあり得た。
すると——。
「……ごめんなさい」
ニーテが小さく呟いた。
「私のせいです」
俯き、震えた肩を窄める。
「私が、あの時喋ってしまったのが原因ですよね……?」
盗賊たちとの戦いの最中。
彼女はうっかり、自分たちがギルバディアの人間だと素性を明かしてしまっていた。
「仕方ないわよ、ニーテ——」
ルミナは優しく声を掛け、その背中へ手を添える。
「遅かれ早かれ、あいつらにはバレてたかもしれないんだし」
「それだけじゃありません!」
ニーテは堪えきれず、声を荒らげていた。
「私の下手な奇襲のせいで、ジーンさんがあんな危険な目に——」
唇を噛み締める。
「それなのに、私はずっと震えてることしかできなくて……私……私……」
そんな彼女を見たカガミも、慌てて声を掛けた。
(初めての実戦なんだ、誰だってうまくいかないもんさ——)
しかし。
(わっ!)
二人の言葉を振り切るように——ニーテは幕屋を飛び出してしまった。
「ニーテ……泣いてた」
誰の役にも立てない。
それどころか、自分は足を引っ張ってばかりいる。
そう思い込んでいた彼女の瞳には、悔し涙が滲んでいた。
すると——。
「やけにピリピリしていると思っていましたが……こういうことでしたか」
すぐに立ち上がったジーンが、外套を羽織っていた。
(ジーン……いくのか?)
カガミは少し心配そうに尋ねる。
(今は、そっとしておいた方が——)
「そういうわけにはいきません」
静かに首を振るジーン。
「私にも、責任がありますので——」
そう言って、彼女は涙を残して去っていったニーテの背中を追うのだった。
* * *
寒空の下。
勢いよく飛び出したはいいものの、どこへ向かえばいいのかも分からず。
やってきたのは、人気の少ない里の裏手。
はずれに佇む一つの掘っ立て小屋の近くで、ニーテは一人、体を震わせていた。
「お婆様……ごめんなさい」
星空を見上げながら、祖母を想い——呟く。
「私、みんなの足を引っ張ってばかりで……」
ヨヨの推薦により、このクエストに参加したニーテ。
それなのに、その顔に泥を塗ってしまったように思えて、彼女はさらに落ち込んでいた。
すると——。
「風邪をひきますよ」
震える肩へ上着がかけられる。
「ジーン……さん」
彼女は現れるなり、ニーテの隣に腰掛けた。
「……」
同じ星空を見上げる二人。
やがてジーンは、ため息を吐くように呟いた。
「なかなか……上手くいきませんね」
何もかも上手くいかない自分を、勇気づけようとしている——。
その意図は、ニーテにも分かっていた。
「……そうですね」
気持ちはありがたい。
それでも、拭えない悔しさに、彼女は空返事をする。
しかし——。
「初めてクエストでの隊長を務め、張り切っていたのですが——」
続いて聞こえてきたのは、慰めの言葉ではなかった。
「このまま失敗に終わったら、何て言われることか——」
どこか自嘲するように言葉を並べるジーン。
思いもよらない様子に、ニーテは困惑していた。
だが、彼女の弱音はまだまだ続いた。
「これでも、私なりに頑張ってきたつもりなんですよ——」
僅かに震え始める声。
「それなのに、この結果を皆が知ったら……どうせまた、女だからって笑われるに決まっています」
「それは……」
さらにジーンは、ふっと視線を落とした。
「上位六騎士の地位だって……きっと、人手不足だから、私が選ばれたのでしょうね」
あまりにも脆く。
あまりにも儚い。
それは、気丈に振る舞っていた普段の彼女の姿ではなかった。
弱さをむき出しにした、一人の人間そのものだった。
そして——。
俯く彼女の瞳から、一筋の涙が零れ落ちると。
「そ、そんなことないですよ!」
慌てふためいたニーテが手を振った。
「ジーンさんのことは、きっとみんなも認めてます!」
落ち込む彼女を、必死に勇気づける。
「ジーンさんに憧れて兵士になった子だって、ギルバディアにはいっぱいいるんですよ!」
「……本当ですか?」
「もちろんです! 私の友達もそう言ってましたし、間違いありません!」
顔を上げるジーン。
そこには、何度も頷くニーテの姿があった。
心配そうに訴えかける彼女を見ているうちに——涙に滲んでいたジーンの顔にも、少しずつ笑みが戻っていく。
「ありがとうございます、ニーテさん……優しいのですね」
「そんな……」
鼻を啜りながら微笑む姿に、ニーテもほっと胸を撫で下ろした。
だが——彼女はふと、ここへ来た時のことを思い出す。
失態ばかりを犯したのは、こちらの方だったはず。
ならば今度は自分の番だと、慰めの言葉を待った。
——しかし。
「少し喋りすぎてしまいましたね——では、そろそろ私は戻ります」
「ええっ⁉︎」
すでに涙を拭ったジーンは、いつもの様子で立ち上がる。
そして、思わず声を上げたニーテは、すぐにその背中を呼び止めた。
「ジーンさん! 私を慰めるために、ここに来たんじゃないんですか?」
足を止めるジーン。
「そのつもりでしたが——」
頭をかきながら、少し困ったように笑う。
「そうさせてしまった自分が情けなくなって……つい、愚痴を言ってしまいました」
さらに、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「以前なら、こうして話を聞いてくれる友人もいたのですが——気の利いた言葉も掛けられず、すみません」
「い、いえ……」
やがて夜空を見上げながら、静かに続ける。
「こういう感情は、溜め込むと毒になるので——吐き出すようにしているんです」
「……」
「ニーテさんが勇気を出して吐き出してくれたので——私も、つい甘えてしまいました」
そして再び、ジーンは柔らかな笑みを浮かべていた——。
どれほど強い人間にも、必ず弱さはある。
時にはそれをさらけ出し、向き合うことが、本当の強さなのかもしれないと——ニーテはこの時理解した。
「……ありがとうございます」
彼女は立ち上がり、その顔にようやく笑みを取り戻す。
「私、頑張ってみます!」
自分の弱さから逃げ出した彼女には、まだ本当の強さなど備わっていない。
だが、そんな自分の弱さを掬い上げ、さらに自らの弱さまで見せてくれたジーンに——ニーテは深く頭を下げるのだった。
口下手ですが、自分の背中を見せることで強さを体現したジーン。
さすが上位六騎士様といったとこですね。
お次は金曜日!
珍しくカガミが……




