第30話 悪魔を見る瞳
里に訪れた皆に向けられた瞳には、彼女たちがこう映っていました。
それでも、まっすぐな目で見ていた人間には、ちゃんと伝わるものです。
悪魔を見る目
どうぞ。
夜も更け、寝床へと戻った三人。
疲れを癒す彼女たちは、それぞれが持ち寄った情報を互いに報告し合っていた。
「——私が見た時には、盗賊の死体は消えていました。おそらく、ジーンさんが片付けた妖魔の仕業かと」
「妖魔って! ニーテ……あなたは大丈夫だったの?」
妖魔の目撃に驚くルミナ。
しかし、そんな彼女を安心させるように、ジーンが口を開いた。
「たったの一匹でしたので、問題ありませんでしたよ——ニーテさんには、怪我人の治療に当たってもらいました」
ほっと胸を撫で下ろしたルミナだったが、今回のクエストの目的は、妖魔の群れの討伐。
一匹を仕留めたとはいえ——里の安全を取り戻すには、まだ程遠かった。
そして。
「それから一つ——私が確認した妖魔の胃袋は、確かに空っぽでした」
(空っぽ? じゃあ、三人の死体を食ったのは……?)
ジーンの報告に、早速一つの可能性が潰える。
するとニーテは、すかさず口を挟んだ。
「それなら、犯人は熊ですよ! あの辺りには熊が出るって、デインって子が言ってましたし」
「熊……ですか」
死体の消失は、ひとまず野生動物の仕業という結論に落ち着く。
しかし——どこか腑に落ちない空気は、いまだ拭えなかった。
何かがおかしい……。
そんな思いが胸を巡る中、カガミはふと問いかけた。
(三人の死体は本当に消えていたのか? だとしたら、どんなふうに? もう少し詳しく聞かせてくれ)
思わず眉を顰めるニーテ。
「私を疑ってるんですか⁉︎ 言った通り、死体は跡形もなく消えていたんですよ! 私がこの目で見たんですから間違いありません」
(跡形もなく?)
肩を怒らせていた彼女は、声のする方へ視線を向ける。
だが——その言葉で、カガミの中にあった一つの引っかかりが、ストンと腑に落ちた。
(なるほど……確信したよ。野生の生き物が、三人分の死体を一晩で消すなんて——ありえない)
彼は、はっきりと言葉を並べていく。
(何かを食ったなら、その場に血痕や肉片くらいは残るはずだ。それすらないってことは、つまり——)
妖魔であれ、熊であれ、野生の生き物はわざわざ自らの痕跡を消したりはしない。
そこに、何者かの意思が介在していない限り——。
「犯人は……帝国の人間」
ため息を吐くように答えるルミナ。
彼女が懸念したのは、この一件の裏に潜んでいるであろう帝国の影だった。
「やはり……そのようですね」
振り出しに戻ったとも言えるが——二人が持ち帰った情報によって、その可能性はむしろ濃くなっていた。
「——それでは引き続き、私とニーテさんは周辺の捜索を。ルミナさんたちには、里の警備をお願いできますか?」
やがて、その場を締めたジーンは次なる指示を送っていく。
「ええ。妖魔が見つかった以上、残りも近くにいるかもしれないし」
(——操ってる奴がいるとするなら、里の中を空にするのもまずい。その方がいいだろうな……)
この日に得た手掛かりをもとに、今後の動きを組み立てていくルミナとカガミ。
すると——どこか腑に落ちない顔をしていたニーテが、思い出したように口を開いた。
「それより……胡散臭い修行の方は、うまくいってるんですか? ルミナさん」
その言葉に、びくりと反応するルミナ。
「まぁ……ぼちぼち、といったところね」
肩を落とし、自信なさげな返事を返す。
「マナ同士の融合なんて馬鹿馬鹿しい——」
そんな彼女に、ニーテはため息を吐いていた。
「そんなことしてる暇があるなら、カガミさんも——透明人間として、少しは捜索を手伝ってくれたらいいのに……」
(透明人間って……)
マナを重ね合わせ、一つの体を共有する。
常識では考えられない修行に時間を費やす二人へ、そんな疑問を抱くのも無理はない。
だが——彼女はまだ、ルミナが持つ特異な力も、その血に流れる女神族の秘密も知らないのだ。
——やがて、返答に困っているルミナの元に、小さな声が響いた。
「ルミナぁ、入るよ」
こそこそとした仕草で、幕屋の隅から顔を覗かせたのはエルリア。
その後ろには、一人の少年が、隠れるようについてきていた。
「エルリアじゃない——それに、その子は?」
「この子はデイン。今日彼を助けてもらった二人に、一緒にお礼を言いに来たの!」
その言葉に、ジーンは嬉しそうに微笑む。
「まあ。そうでしたか」
「う、うん」
一方、まだ気恥ずかしいのか、あらぬ方向へと視線を泳がせるデイン。
そして——。
「……それより、エルリア。あの光って——」
ルミナのそばに浮かぶ転生者の光に、彼はすぐに気づいた。
「あれが、さっき言ってたカガミさんだよ——転生者っていう透明人間なんだって」
緑色の瞳を持つ風の民として、彼にもマナの光は見えていたらしい。
(はは……やっぱり見えてたんだな。これじゃ俺も、透明人間とは言えないな)
すでに正体を明かしていることもあり、今さら隠れる素振りを見せないカガミ。
むしろ——こうして誰かに自分の存在を認識されること自体、彼にとっては懐かしく、どこか嬉しい感覚でもあった。
(でも、今朝も言った通り他の人には秘密だぞ? 世間に知られたら、いろいろと面倒だからな)
「大丈夫だよ。デインにしか話してないから」
(早速一人増えてるじゃねえか)
無邪気な少女と笑い合う転生者。
しかし、そんなやり取りが自然と交わされる中——。
「ちょっと待ってよ——!」
ニーテが勢いよく立ち上がった。
「あ、あなたたちにも……見えてるっていうの⁉︎」
ルミナは当然として、ジーンにすらぼんやりと見えていた転生者の姿。
それを、出会ったばかりの風の里の子供たちは、さも当然のように見つめていた。
「むむむ……!」
何も見えていないのは、自分だけ。
その事実がどうにも悔しいのか、蚊帳の外となっていたニーテは、歯噛みしながら虚空を睨みつけていた。
* * *
ようやくニーテを宥めた二人は、エルリアたちが持ってきた小包を囲んでいた。
「——じゃーん!」
得意げに声を上げ、デインと共に小包を開けるエルリア。
(これは、青色の……団子⁉︎)
「そう! 私とデインで作った山の実団子だよ。ブルーベリーっていう木の実を混ぜた、風の里のお菓子。とっても目に良いんだ」
中に入っていたのは、串に刺さった青紫色の団子のようなものだった。
「へぇ——デインさんは、お菓子作りがお上手なのですね」
「……おばあちゃんに、教えてもらったから」
ジーンに褒められ、デインは照れ臭そうに目を逸らす。
すると、横にいたニーテは大きく目を見開いていた。
「目に良い……⁉︎ もしかして、これを食べれば私にもマナが見えるように——?」
「さあ……そんな話は聞いたことないけど」
「そ、そう……」
大きく膨らんだ期待をあっさり萎ませてしまい、エルリアは申し訳なさそうに笑う。
夜の帳に、静かに響く少女たちの声——。
そんな中、隣で俯いていたデインが、震える声で呟いた。
「僕たちが持ってきたって、みんなには言わないでね? また父さんに怒られるから……」
「……」
怯えるようなその声を、皆は気の毒そうに見つめる。
「そうだったね……大人たちに見つかる前に、私たちは行こっか——じゃあまたね、ルミナ」
「待ってエルリア!」
寂しげに去ろうとする背中を呼び止めたルミナ。
そして彼女は、切実に問う。
「なんで、この里のみんなは——そんなに外の人間を怖がってるの?」
「……」
エルリアは困ったように眉を下げ、ただ首を横に振っていた。
「私にも分からない。大人たちは何も教えてくれないから……ただ——」
そして、少しだけ声を落とす。
「みんなは、外の人間のことを——悪魔だって言ってた」
「人が……悪魔……」
その言葉に、ルミナは思わず口をつぐんだ。
確かにこの世界には、人でありながら悪魔と呼びたくなるような者もいる。
「でも、私はそうは思わないよ」
「エルリア……」
「だって、ルミナたちみたいに優しい人もいるから」
それでもエルリアは、真っ直ぐな瞳を細め、にこりと笑ってくれた。
「それじゃあ、またね」
「うん……おやすみ」
やがて彼女は、デインと共に幕屋を後にする——。
残された一同の間に、しばしの静寂が流れていた。
(この里のみんなのあの目……そういう心があったのか)
外の人間へ向けられていた、怯えにも似た視線。
(一体、昔ここで何があったんだ……?)
物語の表には描かれなかった、風の里の奥深くに潜む闇。
自ら生み出したはずの世界に隠された、知らない秘密に、カガミは翻弄されていた。
しかし、彼がその闇に疑問を抱いていると——。
「むぐっ……」
(……ん?)
背後から、何やらもぐもぐとした声が聞こえてきた。
「今考えても仕方ありませんし、今日はもう休みましょう。それにしても——酸味と甘味が絡み合って、とても美味ですね!」
「ジーンさん⁉︎ いつの間に……!」
振り返れば、すでに団子を頬張り、頬へ手を添えるジーンの姿。
「わ、私もいただきます!」
それを見たニーテも、すぐに串を手に取る。
「ちょっと二人とも……」
そう言いつつ——ルミナの手も、しっかり団子へ伸びていた。
カガミの心配など、どこ吹く風。
三人はすっかり、風の里の甘味に夢中になっていた。
(……)
その様子を眺めていたカガミの胸に——腹が減るはずもないというのに、妙な欲望が湧き上がる。
(あのぉ……俺の分は?)
「あれ? ヨヨ婆様から、カガミさんはお腹が空かないって聞きましたよ?」
(ぐっ……)
もっともな言葉。
それでも彼は諦めなかった。
美味しそうに団子を頬張るルミナのそばへ、すっと近づいていく。
(ルミナ……こういう時こその協力だ。頼むよ。な? な?)
「い、嫌よ! あと一本しかないんだし……それに、修行とは関係ないでしょう」
最後の一本を守るように抱えた彼女は、くるりと背を向けた。
そして——。
「ん〜っ! おいしっ!」
(せ、せ、せっかくの和菓子がぁ……)
目の前で無情にも消えていく、最後の一串。
結局、甘いものを求める女の子の欲望には敵わず——カガミは一人、食べることすら叶わない故郷の味に、遠い現世を思い浮かべるのだった。
暗い回に、少しだけほんわかムードを足してみました笑
この里で何があったかはわかりませんが、皆できることをやるまでです。
お次は金曜日!
お待ちしてます!




