第29話 見えない温もり
場面は変わりまして、こちらはジーンとニーテのパートです。
遂行すべきは護衛の任務。
相変わらずの彼らでしたが……。
見えない温もり
どうぞ。
一方その頃。
ジーンとニーテの二人は、食料や薬草を調達する数人の里人の護衛のため、再び風の止んだ谷道へと足を運んでいた。
「——道が荒れていますので、足元には気をつけてくださいね」
「……言われなくても分かっている」
先頭を歩くジーンの言葉にも、返ってくるのは素っ気ない返事。
「なんですかあれ……感じ悪い」
相変わらずの様子だった里人たちに、ニーテは明らかな不満を見せていた。
「それより、さっさと行きましょうよ——例の場所に」
彼らの歩調などお構いなしに、彼女は一人、先を急ごうとする。
だが——。
「いけません。皆様のそばにつき、無事に里まで護衛するのが本来の役目——」
すぐに首を振るジーン。
「亡骸の確認は、そのついでです」
里人たちの護衛を名目に、谷へ降りる許可を得ていた二人には——もう一つの目的があった。
それは、先日の騒動が起きた場所に残された、謎の男たちへと繋がる手掛かりの確認である。
「……分かりましたよ」
ニーテが少し不満げにため息をついた——その時。
「昨日の死体なんて、熊やカラスに食べられてるんじゃないかな?」
その時、里人の中にいた一人の少年が口を挟んだ。
「デイン——余計なことは言わなくていい」
「……ごめんなさい」
しかし、すぐさま隣を歩く男に咎められ、デインという少年は、しょんぼりと俯いてしまう。
——そんな中、ジーンは彼へと歩み寄った。
「なるほど……この辺りには、熊も出るのですね」
「えっ?」
そして、優しく微笑みかける。
「教えていただき、ありがとうございます」
「う、うんっ!」
たちまち顔を明るくしたデイン。
照れ臭そうに笑う彼と共に、一同は再び歩みを進めるのだった。
* * *
「——あった……ジーンさん! 多分こっちです!」
振り返ることもなく、木々が生い茂る中を進んでいたニーテが声を上げた。
「待ってくださいニーテさん——皆さんから離れすぎていますよ」
早足になっていく彼女の背中を、遠目ながら見守るジーン。
すると——。
「うわぁぁぁ‼︎」
「えっ? 今のって……」
僅かに聞こえた悲鳴に、ニーテが振り返る。
しかし、その時すでにジーンの姿はなかった。
——少し離れた場所。
薬草を摘んでいた里人たちに、すでに脅威が迫っていた。
「父さん……たすけ……て」
腰を抜かし、全身を震わせるデイン。
緑色の瞳で見上げていたのは、熊よりも大きな体を広げた二足歩行の化け物——妖魔だった。
「デイン! 待ってろ、今——」
「誰か来てぇ!」
茂みへ入っていた少年の悲鳴を聞きつけ、里人たちも次々と駆けつける。
だが、あまりの巨体を前に、誰一人として近づくことができない。
「グルル……」
ズシン——ズシン——。
大地を揺らしながら、妖魔がデインへと迫る。
やがて、その巨大な手が小さな獲物を掴み取ろうと伸ばされた——その瞬間。
「——はぁぁぁっ!」
一閃。
細身の剣が、妖魔の分厚い胸板を薙ぎ払った。
「グウッ……!」
勢いをつけたジーンの斬撃。
しかし、圧倒的な体格差を前に、その体は僅かによろめくだけだった。
だが。
「まだまだぁ!」
もう一撃の刃が返される。
「このまま——切り刻む!」
さらに、二撃三撃と、間髪入れずに繰り出される剣先は、加速しながら幾重にも重なっていく。
大輪の花が咲き広がるようなその軌跡は、あっという間に妖魔の巨体を覆い尽くした。
「グガ……ガ……!」
そして。
最後の剣閃と共に、その花弁は閉じていく。
無数の傷を刻まれた妖魔は、やがて力を失い地面へと崩れ落ちていった——。
「あ……ああ……」
「デイン!」
目の前の脅威が去ったことを確認し、すぐさまデインの元へ駆け寄る父親。
「大丈夫か⁉︎」
「う、うん……」
肩を借りながら立ち上がるも、彼の視線は、美しい剣技を披露した女戦士へと釘付けになっている。
「ジーンさん!」
そこへ——ようやくニーテが駆けつけた。
「何かありましたか⁉︎」
足を止めた先には、純白の布で、汚れた剣を拭っていたジーンと、その足元に転がる巨大な亡骸。
その光景だけで、彼女はことの全てを理解した。
「ニーテさん! 彼の治療をお願いします」
「……あ、はい!」
迅速な指示により、すぐさま少年の元へと歩み寄るニーテ。
「痛っ……」
「男の子でしょ。我慢して」
擦りむいた膝へと手を添え、マナを流し込む。
幸い、大した怪我ではなかった。
淡い光に包まれた傷は、みるみるうちに塞がっていく。
「——もう大丈夫」
「立てるのか? デイン?」
「うん! もう痛くない!」
確かめるように、自分の足を何度も動かすデイン。
その傍らで、父親は驚いたように目を丸くしていた。
「こんなに早く、治せるなんて……」
「当然よ。このくらい」
二人を前に、ニーテはただ得意げに胸を張っていた。
すると——。
「おそらく、他に仲間はいないようですね——」
周囲を一通り見回っていたジーンが、再び彼らのもとへと戻ってくる。
そして。
「それに、無事で何よりです」
元気を取り戻したデインを見て、彼女は柔らかく微笑んだ。
「……」
その言葉に、ただじっと黙り込んでいた父親。
しばらく何かを言い淀んでいたが、彼はやがて、渋々と口を開いた。
「当然だ。そのための護衛だからな……」
出てきたのは捨て台詞のような言葉。
しかし——その瞳を、もう一度だけジーンたちへ向ける。
「だが、デインのこと……礼を言う」
それだけを残した彼は、逃げるように背を向けて歩き出した。
「ふん。またあんな態度とって……」
その背中を不満そうに見送るニーテ。
だが——。
「……まあでも、ちゃんとお礼は言えるんですね」
先ほどより幾分か柔らかくなったその表情を、ジーンは見逃さなかった。
「当然です——」
そして、薬草を摘む里人たちへと目を向け、彼女は静かに微笑んだ。
「共に支え合って暮らす皆さんにも、きっと温もりはあるはずです——ただ、それが外の人間には見えていないだけです」
「……そんなに心を閉ざさなくたっていいのに」
武力を恐れ、外界から隔絶された場所で暮らし続ける風の民——。
そんな彼らを見つめるニーテの瞳には、先ほどまでとは違う、僅かな同情の色が浮かんでいた。
「さて——」
ジーンは改めて周囲を見渡す。
「先ほどのこともありましたから、今日は皆さんのそばを離れるわけにはいきませんね」
「えっ?」
「盗賊たちの亡骸を確認するのは、また次の機会にしましょう」
するとその言葉に、ニーテが思い出したように顔を上げた。
「——それなら心配いりませんよ。私、さっき見てきましたから」
「本当ですか……⁉︎」
思わぬ報告に、目を見開くジーン。
しかし。
「はい。あの場所から——死体は跡形もなく消えてました」
「……消えていた?」
「きっと、さっきの妖魔が食べちゃったんでしょうね」
誘拐犯の手掛かりになるはずだった亡骸。
その消失に、ジーンは残念そうに目を伏せる。
だが——。
「……変ですね」
彼女は、ある違和感に気づいていた。
「もし、奴が食べたのだとしたら——」
視線の先には、先ほど自らの手で倒した妖魔。
切り刻まれたその巨体。
その中は——確かに空っぽだった。
三人もの人間を喰らった形跡など、どこにも残されてはいなかったのだ。
彼らの心にも、ちゃんと温もりはあります。
しかし、それでも外界を恐れる風の民とは……?
お次は火曜日!




