第28話 歪み合う心
始まるマナ融合の為の修行。
しかし、彼らにはまだまだ課題がたくさんあります。
そんな中、協力してくれたのが……。
歪み合う心
どうぞ。
——風の里。
僅かに震える拳を、ルミナは強く握り締めた。
「——さぁ、来て!」
(おう!)
向かい合っていたのはカガミ。
掛け声と共に、自らの光を彼女へとぶつけ合わせる。
(それっ!)
「ん……!」
重なり合う二つのマナ。
その中心からは、それを知らせるように風が舞った。
「——よし」
(入ったわね)
一つの体で、互いの意識を確かめ合う二人。
——やがて、ゆっくりと瞼を開いた彼女は、握っていた拳の開閉を繰り返していた。
「ここまでは簡単なんだがなぁ——ルミナ、何とか動けそうか?」
言葉を発していたのはカガミの意思。
一方で、ルミナも自らの意思で体を動かそうとする。
しかし。
(んぐぐ——)
持ち上がっていた両腕の指先が、少しばかり動くだけ。
マナ融合の手応えは、未だ見られなかった。
(やっぱりだめ……これくらいが限界)
「でも、最初に比べたら動けるようになってるぞ——ちゃんと成果は出ている」
励ますように言葉をかけるカガミ。
だが、決して大きいとは言えない進歩に、二人の心の焦りは拭えなかった。
(あの時は、一瞬だけ自由に動けたんだけど……)
「あの時……?」
ふと、痛い記憶が蘇る。
男の欲望に敏感に反応したルミナが、カガミの手をつねり上げたあの時だ。
しかし——。
(ちょっとぉ‼︎ また頭の中が桃色になりかけてるわよ⁉︎)
流れてくる映像に、強く反発した声がすかさず響く。
「——いかんいかん! 俺の使命を思い出すんだカガミ!」
頭を振り煩悩を消し去るカガミ。
そして、自らを奮い立たせるべく——言葉を並べていった。
「俺は……今度こそみんなを助けたいんだ!」
心に浮かぶのは、苦い過去の数々。
「マルクも、ルミナも、ルキも……俺は見ているだけで、何もできなかった——」
無力な自分に打ちひしがれた、あの時の悔しさが、彼の心を締め付ける。
(カガミ……あんた)
胸を駆け巡る痛みに、ルミナも思わず言葉を失っていた。
「それだけじゃない! ギルバディアのみんなだって……ジーンだって、昨日あんなに……あんなに——」
——しかし。
さらに思い出したのは、重荷を背負い一人思い悩む彼女の姿。
カガミはうっかりと、余計な記憶までを響かせてしまった。
”よろしかったら、私と一緒にお休みしますか?”
そう。
脳裏に浮かんでいたのは、ジーンのあの言葉。
武装を解き、冗談めかして寝床に誘う彼女の甘い声だった。
すると——。
「カガミぃぃぃ‼︎ あんた、ジーンさんまでそんな目で見てたのね⁉︎」
怒りに呼応するように——ルミナの腕が勢いよく持ち上がった。
(ち、ちげぇよ! あれはジーンがふざけて言ったんだ!)
先ほどまで僅かにしか動かなかった体が、今度ははっきりと彼女の意思に従っている。
だが——今の二人に、そんなことを気にしている余裕などなかった。
「ほんっと、どうしようもないスケベ! 結局あんたは、女の子だったら誰にでもそんなこと考えるのね⁉︎」
(ぐぅ……! 男なんだし、仕方ないだろ——)
またしても始まる、体一つの大喧嘩。
捲し立てるルミナの言葉にカガミも言い返す。
(言っとくがな——お前の大好きなマルクだって、同じようなこと考えてるんだぞ!)
「えっ……? マ、マルクも——」
その一言に——トクンと胸を鳴らすルミナ。
自らの唇へ、そっと指を添えた。
「マルクも……私を、そういうふうに——」
蘇るのは、あの夜のこと。
最も熱く記憶に残る、バルナでの出来事だった。
あの時重ねた唇の温もりを、彼女は鮮明に思い出す。
そして、その先にあるものを思い描いた彼女が胸を焦がそうとした——その時。
(うわぁぁぁ‼︎)
「なにっ⁉︎」
カガミのマナが、火照った体から飛び出した。
(おえぇ! ルミナぁ! お前、あいつの裸なんか想像するんじゃねぇよ!)
我に帰ったルミナは顔を真っ赤にする。
「し、してないわよ、そんな想像! 私はそういう不純なことなんか……!」
(あぁーあ、気持ち悪い——)
再び向かい合い、言葉をぶつけ合う二人。
せっかく重なり合おうとしていた心が、またもや離れていく——その時。
「ルミナ?」
二人の間に少女の声が響いた。
「えっ?」
(えっ?)
いつのまにか背後に迫っていた気配に、揃って振り返る。
するとそこには——緑色の瞳を丸めたエルリアが立っていた。
「そこで……何をしていたの?」
先ほどまでの大声が聞こえていたのか、彼女はその小さな体を僅かに震わせている。
(やばっ……)
「エルリア⁉︎ いつからそこに……ごめんね。大声出して、怖がらせちゃったよね」
すぐに声を抑えるカガミの横で、慌てて取り繕うルミナ。
だが、彼女を見つめていたエルリアは、その視線をゆっくりと横に流す。
そして——。
「ルミナ……その塊は何?」
小さな指先を、はっきりとカガミの方へと向けた。
「うそっ⁉︎」
(なにっ⁉︎)
飛び上がるように驚く二人。
転生者の光を捉える彼女に、恐る恐る問いかける。
「エルリア……もしかしてあなた、マナが見えるの?」
「うん。ルミナの肩にくっついてたのを、ずっと見てたよ」
(まじかよ……)
さらに明かされる事実に、言葉を失うカガミ。
エルリアは未だ、そんな彼を警戒するように身を引いていた。
「参ったわ……転生者のことは口外しないようにって、アバンにも言われてたのに」
頭を抱えるルミナ。
しかし、姿も声も知られてしまった以上、今さら誤魔化すことなどできない。
(仕方がない。エルリアにはちゃんと説明して、分かってもらおうじゃないか——)
「……そうね」
カガミに促されるままに、彼女は何も知らないエルリアへと、二人の素性を話すのだった。
* * *
岩場に腰掛けた少女が、マナの光と共に笑い合う。
「転生者かぁ……でも結局は、幽霊ってことだよね?」
(確かに一度死んでるし、その方が正しい言い方かもな)
その姿が見えていたこともあり、エルリアは彼の存在をすんなりと受け入れていた。
しかし、和気藹々とする空気の中——。
「気をつけてねエルリア——こいついつも、スケベなことばぁーっかり考えてるから」
ルミナは釘を刺す。
「そのせいで、修行も全然進まないのよ」
(半分はお前の責任じゃねーか! はしたない想像なんかしやがって!)
「何よ!」
そして、先ほどの続きが、早くも再開されようとしていた。
「あはは……まあまあ」
そんな二人の様子を、苦笑しながら眺めるエルリア。
すると彼女は——あることを呟いた。
「でも、マナの融合って——まるで風の魔法みたいだね」
「(……っ⁉︎)」
その言葉に、過敏に反応する二人。
期待に満ちた眼差しで、幼い少女へと顔を近づけた。
「エルリア……! それ、もっと詳しく聞かせて!」
(俺からも頼む!)
わっと驚くエルリアだったが、彼女はやがて、それに応えるように頷く。
「う、うん。マナを何かに重ね合わせるって、風を操る時の感覚に似てるなぁって——」
それは、かつてヨヨも語っていた、風魔法の発動条件。
自然の流れに身を任せ、滞在する空気に己のマナを重ね合わせる——というもの。
当たり前のように風を操っていたエルリアは、二人のマナ融合とそれが類似していることに気づいていた。
「だからヨヨ婆様は、私たちをここに——」
自分たちを風の里へ送り出した師の意図を、ようやく理解したルミナ。
「エルリア! 風の魔法って、どうやって使うのか教えてくれる?」
早速、エルリアへと歩み寄る。
「えへへ——わかった」
快く笑ったエルリアもまた、すぐに立ち上がった。
「やり方は簡単だよ?」
そう言って、小さな両手をゆっくりと広げる。
「ただ風と——友達になるだけ」
「友達……?」
さらに、ゆらゆらと腕を振りながら、エルリアはそっと力を抜いていく。
周囲の空気へ、何かを預けるようにして。
「預けるのは、体じゃなくて心——“いいよ”って、何でもかんでもあげちゃうような感覚」
すると——優しい風に包み込まれ、ふわりと浮かぶ少女の体。
そして。
「その時に——そっと風にお願いするの」
勢いを増した風が、突如エルリアを上空へと跳ね上げた。
「飛んだっ⁉︎」
空高く放り出された小さな体。
(このままじゃ……落ちる!)
見上げる二人は慌てて駆け寄るが、当の本人はただ風と戯れていた。
「大丈夫大丈夫!」
笑いながらも、ついに彼女は地面へ向かって落下を始める。
しかし。
「ほらっ!」
叩きつけられる寸前——下から吹き上がった風が、その衝撃を優しく受け止めた。
まるでバネとなった空気の上で跳ねるようにして、エルリアは地面へ着地を見せる。
(人が、空を飛ぶなんて……)
「これが……風の力」
自在に空気を操るその姿に、二人はただ唖然としていた。
そんな中、エルリアは下から撫で上げるように手を動かし、再び風を集めていく。
「風ってのはね——こっちから何かをあげれば、向こうからも何かをくれる、優しい友達なんだよ」
そして、彼女の手の動きに合わせた優しい風は、二人の間を通り抜けていった。
「だからこそ、奪っちゃおうって思ってたら、力も何もくれなくなるんだ」
マナという心の力を空気へと与え、代わりに風という力を受け取る。
それこそが、風の魔法の真髄だった。
すると——。
「確かに……足りなかった」
俯いていたルミナが、ぽつりと呟いた。
自分の体だから、自分の意思で動かしたい。
そんな思いばかりが先走り、カガミと心を重ねようとしていなかったのだ。
やがて彼女は、ゆっくりと顔を上げた——だが。
(すまない——)
「えっ?」
先に言葉を重ねたカガミ。
それは、彼にも言えることだったのだ。
(ルミナの体を借りて、生き返ったような気になって、俺……正直浮かれてた)
「……」
(だけど、間違ってたよ——ここは、俺がでしゃばるところじゃなかったんだ)
ぼんやりと見えていたカガミの光が、どこか鮮明に見えた。
胸の内をさらけ出し、心を預けるように放たれたその言葉。
だからこそ——ルミナもまた、自らの心を返した。
「違うわ。独りよがりだったのは、私の方……」
(ルミナ……)
「何でもかんでも、あなたのせいにしてた——私こそ、ごめんね」
互いに心をさらけ出す二人。
——すると。
そんなやり取りを見守っていたエルリアが、嬉しそうな顔で歩み寄ってきた。
「これでもう、仲直りできたね」
二人が向いた先にあったのは、満面の笑みでこちらを覗き込む緑色の瞳。
まんまとしてやられた彼らは、思わず笑みを漏らす。
「エルリア……」
(……ありがとう。君のおかげだよ)
彼女が見せてくれた風によって、二人の離れかけていた心は、再び繋がろうとしていた。
そして、改めて向き直るルミナとカガミ。
(ルミナ。もう一度、俺と——)
「——もちろんよ! 頼りにしてるわ、カガミ」
どちらかが支配するのではなく、互いに心を預けるように——ほんの一歩だけ、相手へと歩み寄る。
風が教えてくれたその答えを胸に、二人は歪み合う心を捨て、再び修行へと向き合うのだった。
コツというのは意外な人物が教えてくれるものです。
健気に笑う彼女には、作者も救われています。
てなわけで!
お次のお話はジーンとニーテでお送りします。
金曜日にお待ちしておりますm(_ _)m




