第27話 二心同体
ついに始まりました二人の修行!
しかし……まあ、仕方ありませんね。
これも必然……誰も責められません。
二心同体
どうぞ。
風の里での滞在、二日目。
里の護衛を任されたルミナとカガミの二人は、入り口付近の広場にて——何かに燃えていた。
「さ、早速やるわよ。カガミ」
(うむ。今度こそ——成功させる)
向かい合う二人。
だがルミナは一歩引いた体勢のまま、どこか疑うような目を向けていた。
「またあんなこと考えたら、許さないからね!」
(本当に悪かったって言ってるだろう! それに男にとってのあれは、仕方のないことなんだよ)
「……どうかしら」
(ほんとだって!)
早速始まる何かの問答。
彼らがこれから行おうとしていたのは、ある日を境に始まった——修行の続きだった。
* * *
——数日前の魔導院にて。
ヨヨの目の前に並ぶルミナとカガミ。
「マナの融合なんて、本当にそんなことできるんですか……⁉︎」
「うん。まあ、私自身が成功させたわけじゃないがね——」
頷くヨヨ。
自分の肩を抱きしめていたルミナは、腫れ物を見るような目でカガミを見る。
彼の憑依には、未だ抵抗があるようだった。
「干渉の力——アリステラから聞いてるだろう?」
「はい……」
「女神の一族は、マナやエギルを通じて他者からの干渉を受け入れることができる。この大陸へ渡り魔法の力を広めたっていうあの伝説も、この力を使ったと言われているんだ——」
(そうそう——その話なら俺もよく知っている)
「じゃあ……私にも、その力が?」
師の言葉を信じたルミナも、おおよその理屈は理解する。
「——すべては、あんた次第さ」
「……分かりました。やってみます」
やがて胸元へ目を落とした彼女は、ヨヨから少し距離を取る。
そして目の前に浮かぶ光をじっと見つめ——覚悟を決めた。
「言っとくけど、変なことしたら焼き殺すからね!」
(分かってるよ——さあ、行くぞ!)
その言葉を合図に、カガミは勢いよくルミナへ飛び込んだ。
かつてラキが見せた、他者への憑依を真似るように——。
(それっ!)
カガミそのものであるマナとエギルが、ルミナのそれと重なり合っていく。
「ん……!」
(おお……⁉︎)
今まで何一つ触れることのできなかった彼の意識に、初めて宿る確かな感覚。
肌を撫でる空気。
魔導院に漂う匂い。
触れていた温もりが、自分のものになっていく。
それは、誰かの体を通して伝わってくる——生きているという実感だった。
「——うわぁぁ……」
(——あっ……!)
二つの大きな光が重なり合った瞬間、辺りには突風のような力が吹き荒れた。
「うっ……!」
ヨヨは咄嗟に腕を上げ、顔を庇う。
「まったく……さすがは女神の力ってところかね——」
やがて風が収まり、彼女は顔を上げるが、そこにカガミの姿はない。
代わりに——一つに重なり合った、二人のマナが映っていた。
(成功……したの?)
「ああ……多分」
拳を握っては開き、体の自由を確かめるルミナ。
「すごい……俺にも憑依ができるなんて」
(なぁんだ。案外簡単なのね)
カガミは自分のものとなった手を見つめていた。
しかし——。
「その人格は……もしかして、カガミの方かい?」
ヨヨは目の前のルミナを、不思議そうに見つめる。
「ああ。間違いなく俺だよ」
「……だとしたら、あの子の人格は一体どこに——?」
(何を言ってるの、ヨヨ婆様! 私はここにいる——)
「ルミナ……君の声、多分外には聞こえてないぞ」
(えっ……?)
どうやら、内側から響くルミナの声は、体を動かすカガミにしか聞こえていないらしい。
「なるほど……二つの人格が、一つの体に同居しているってところかね」
だが、ヨヨの目には未だ完全には混ざり合わない、二つのマナが映っていた。
「まだ完全な融合には至っていないようだね——こりゃ、練習が必要そうだ」
(練習って、次は何を——? ……って、これも聞こえないのよね)
歯がゆい思いをするルミナ。
その一方で——。
「……」
カガミは何も言わず、ただ空を見上げていた。
「俺……今……」
(ちょっと……どうしたのよ)
ルミナは気づく。
自分の——いや、彼の胸が熱を帯びていることに。
そして、その想いが涙となって頬を伝っていたことに。
「急に泣き出して……どうしたんだい?」
「俺……まるで——」
優しい風が鼻を通り抜け、大地の香りを運んでくる。
肌に触れる空気も、地面を踏み締める感覚も、頬を流れる涙の温度さえも——。
「まるで、生きてるみたいだ」
なにもかもを受け止めるように、両手を広げるカガミ。
生きる者にとっては当たり前のそれが、一度命を落とした彼には、この上ない喜びだった。
「うう……母さん——」
久しく忘れていた生の感覚を噛み締めながら、カガミは小さく呟く。
(ふふ……カガミったら、大袈裟なんだから——)
その喜びは、ルミナの心にも直接流れ込んでいた。
——やがて。
「感動してるところ悪いけど——体はちゃんと動くのかい?」
「あ……ああ。この通り——」
ヨヨの声で我に返り、ルミナの腕を左右に動かしてみせる。
すると——。
「……ん?」
ふと、その視線が下で止まった。
「おおっ……これは——!」
(……?)
視線の先にあったのは——かつての自分にはなかった、二つの膨らみ。
姿こそ見せていなかったが、白銀鏡はれっきとした男なのである。
つまり——そういうことなのである。
「……ゴクリ」
生唾を飲み込み、そっと右手を伸ばしていくカガミ。
——しかし。
「いっ⁉︎ いでででで——!」
魔が差した右手を、ルミナの左手が思いっきりつねり上げた。
「ルミナだな⁉︎ 何すんだ一体!」
(何すんだはこっちよ‼︎ ほんっと最低! スケベ! 私には何も隠せないんだからね! ……痛たた)
「一人で何やってんだい……」
ヨヨがキョトンと見守る中、一つの体で喧嘩を始める二人。
(やっぱりあんた、ずっとこんなこと考えながらついてきてたのね! 私が止めてなかったら、何してたのよ⁉︎)
「えっ……」
その問いに、カガミの思考が止まった。
「何って……それは——」
そして次の瞬間——カガミ、もといルミナの脳内に何かが流れ込む。
無論、これは彼の本意であって、不本意でもある。
突然女性の体を得た男の思考が、一度くらいここを通ることは避けられなかったのだ。
しかし——桃色に染まる男の欲望を受け止めるには、ルミナはあまりにも純粋だった。
「いやぁぁぁぁぁ‼︎」
叫びと共に、ありったけのマナを込めるルミナ。
振り上げた両手から、真っ赤な炎が燃え上がった。
(うそだろぉ⁉︎)
「まずいね……!」
危険を察したカガミは、いち早く彼女の体から飛び出す。
——直後。
ギルバディア中に、凄まじい爆炎の音が響き渡った。
(……やって、しまった)
弾ける感情の具現化とも言える大爆発。
やがて轟音は鳴りを潜め、立ち込めていた黒煙も少しずつ晴れていく。
熱気の中、カガミはただ一人——放心していた。
しかし——。
「ふぅ……まったく、心臓に悪いね——」
(……え?)
焼け野原になったかと思われた魔導院。
だが黒煙の向こうには、周囲を取り囲むように氷の如き半透明の壁が聳え立っていた。
「自分ごと魔導院をぶっ壊すつもりかい?」
煙の中から姿を現したのは、両手を地につけるヨヨ。
咄嗟に結界を張り、爆炎を内側へ封じ込めていたのだ。
「うう……」
煙の中心では、軽い火傷を負ったルミナが蹲っている。
「まったく……世話が焼けるね」
ヨヨが治療を施そうと手を伸ばす。
だが——。
「私もう、お嫁に行けなぁい……ううう」
「……そんな無駄口が叩けるなら、問題ないね」
泣きじゃくるルミナに呆れ、彼女はその手を引っ込めた。
「これに関しては、私が教えられることはもうないよ。あとは二人で鍛錬を積むんだね」
(えっ……そんな。ヨヨがいてくれないと——)
「甘ったれるんじゃないよ。私は女神族じゃないんだからね」
ヨヨが教えられるのは、あくまで伝え聞いた知識まで。
二つのマナを重ね、その力を使いこなす方法は——二人自身で見つけるしかない。
(くっ……こんなに難しいものなのか……)
「ううぅ……お嫁に……」
震えるルミナを見下ろしながら、カガミは早くも途方に暮れていた。
——するとヨヨは、ふと思い出したように口を開く。
「言い忘れてたけど——あんたたちに頼みたいクエストがあるんだった」
「ぐすん……クエスト?」
「場所は風の里。ジーンが請け負う、妖魔退治の任務さ」
(風の里……)
聞き覚えのある名に、カガミは僅かに反応する。
(ヨヨ……今の状態の俺たちが行っても——)
「いいや。行ってもらうよ」
ヨヨはぴしゃりと言い切った。
「少し変わった連中が暮らしている場所だけどね——きっと、何かを掴めるはずさ」
「何かって……?」
(……なんだ?)
揃って首を傾げる二人。
しかし、ヨヨは答えず、その眼差しをルミナへ向けた。
「ルミナ——あんたの力は、みんなが必要としているものなんだ」
「……」
「遠くにいるあの子にも、誓ったんだろう?」
その一言に、ルミナの瞳が揺れる。
「……マルク」
いつか自分たちの手で、失われたアリヴェルを取り戻す——。
あの日交わした約束が、胸の奥に蘇る。
「……分かりました」
残っていた涙を袖で拭い、ルミナは今度こそ力強く頷いてみせた。
久々にやってきたラッキースケベからの爆炎パニックでした笑
しかし、これは仕方のないことなのです……。
みんなカガミを責めないでね。
お次は火曜日!
場面は風の里に戻ります。




