第25話 風に舞う少女
出会ったのは一人の少女。
しかしなんと珍しい。
彼女の瞳は、マナの光を宿していたのです。
風に舞う少女
どうぞ。
ジーンの奇策により、謎の盗賊らしき男たちの殲滅に成功した一同。
「——しかし、よく気づいてくれましたね。ルミナさんがいなかったら、何もかもおしまいでしたよ」
脱ぎ捨てた武具を身につけながら、ジーンはルミナへ称賛の声を送る。
「えへへ——でも、カガミが言ってくれなかったら、私あのまま……」
(間違いなく、みんなを大爆発させていただろうなぁ)
カガミの合いの手に、ルミナは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「なるほど、カガミさんの助言もあったのですか……これはありがたい天の声ですね」
納得した様子を見せるジーン。
やがて彼女が武装を終えると、ニーテの腕に頭を預けていた少女が、ぴくりと身じろぎした。
「ん……」
「——目が覚めましたか……無事で何よりです」
人質だった少女の安否を確認し、三人はようやく胸を撫で下ろす。
だが、そこでニーテがあることに気づいた。
「緑の瞳……この子、風の里の人間ですよ!」
少女の瞳は、まるでマナの光のような鮮やかな緑色をしていた。
その珍しさに、彼女はさらに顔を近づける。
「いやっ! 助け——……むぐっ!」
怯えてその場から逃げようとした少女だったが、勢い余って、ルミナの胸元へと頭から飛び込んでしまった。
一瞬驚いたルミナだったが、そのまま優しく少女の頭へ手を添える。
「大丈夫よ」
そして、小さな体へゆっくりとマナを流し込んでいった。
「私たち、あなたを食べたりしないから——」
もみ合いの中で負った体中の細かな傷が、みるみるうちに癒えていく。
緑色の瞳をした少女は、震える肩をそのままルミナへ預け、衣服をぎゅっと握り締めた。
「……いい匂い」
そっと閉じられる瞳。
何もかもをその温もりへと預ける——。
やがて、皆がその様子をしばらく見守っていると、傷の癒えた少女はゆっくりと体を離し、何かを思い出すように目を伏せた。
「もう大丈夫ね。私はルミナ。あなた、名前はなんていうの?」
「……エルリア」
その名を聞き、ルミナは優しく目を細める。
そして、その隣に立っていたジーンも膝をつき、続けて自己紹介をした。
「私はジーンと申します。そして、こちらは魔法使いのニーテさんです。私たちは族長カーム様のご依頼で、ここへやって参りました」
「さっきは驚かせてごめんなさい」
申し訳なさそうに頭を下げるニーテ。
すると、ジーンの言葉にピンと来たのか、エルリアの表情から少しだけ警戒が解けていった。
「じゃあ、みんなが妖魔を退治してくれる人? どうりで風が——」
ようやく元気な声を取り戻した彼女に、皆も安堵するように微笑む。
だが、その言葉が気になったルミナは、エルリアの緑色の瞳を見つめた。
「私たち、風の里に行きたいんだけど……それと、さっきの風って何か関係があるの? エルリア」
エルリアは立ち上がり、服についた土をぱんぱんと払う。
「うん。きっと誰かが、お客さんを招き入れるために風を止めたんだと思う。里のみんなは風を操ることができるから——」
すると——。
今度は凪のような風が、彼女を包む。
「見て——こんなこともできるんだよ」
エルリアの小さな体は、鳥の羽のようにふわりと宙へ舞い上がった。
そして、風に運ばれるように斜面を上り、そのまま一同が元いた谷道へと軽やかに着地する。
「エルリアすごい! 空を飛べるなんて」
「何かの、魔法でしょうか」
「い、今のどうやったの⁉︎」
まるで空を歩くような不思議な光景に、三人は揃って驚きの声を上げた。
「ついてきて! 風の里に案内するね!」
一同はその元気な笑顔を見上げると、駆け下りてきた斜面をよじ登るようにして、彼女の後を追っていく。
しかし——。
(……おかしい。気のせいか?)
カガミだけがその場に留まり、倒れ伏した男たちへ視線を向けていた。
「ちょっと、どうしたのよ」
(ああ……すまん。なんでもない)
少し遅れて振り返ったルミナが、小声で問いかけながら彼のもとへ駆け寄る。
「……? ルミナ?」
「エルリア。すぐ行くわ」
その言葉と共に、カガミの魂も再びルミナの肩へ寄り添うように舞い上がった。
そして一同は、その場を後にする。
だが——。
カガミの胸には、一つだけ拭えない疑問が残っていた。
あの時、確かに感じたエギルの数。
それは——四つだった。
* * *
空気がまったく動かない、不自然な谷道を進む一同。
彼女たちの目に映る景色は、やがて草木の姿を失い、剥き出しの岩肌ばかりへと変わっていった。
「みんな——あそこが風の里だよ!」
エルリアが指差した先。
そこには動物除けと思われる松明が並び、ようやく人の手が加わった痕跡が見え始めていた。
「風の里……本当にあったんだ。私はてっきり、お婆様の作り話かと——」
「へぇ。ヨヨ婆様もこちらをご存知なのですね」
祖母から聞かされていたおとぎ話のような場所。
その実在する光景を前に、ニーテは目を丸くする。
やがて、一同は里の入り口へと足を踏み入れた——。
里に立ち並ぶのは、いくつもの小さな幕屋。
だが、その造りはどれも奇妙だった。
出入り口はすべて、普通では手の届かないほど高い場所に設けられていたのだ。
「変な構造ね……あれじゃ簡単には入れないわ」
階段すらない家々を見上げながら、ルミナは不思議そうに目を細める。
それはまるで——外からの干渉を拒むような、閉ざされた造りだった。
——すると。
「エルリア様! 帰っていたのですか⁉︎」
彼女が戻るなり、少し汚れた服をまとった一人の男がこちらへ駆け寄ってきた。
「途中ではぐれたから、心配しましたよ」
「ごめんね、ペスト……いろいろと危なかったんだけど、この人たちが助けてくれたの!」
ペストと呼ばれた初老の男は、彼女の命を救った一同へと目を向ける。
だが、その瞳に歓迎の色はない。
むしろ、わずかな敵意すら感じられた。
「お前たちは……ギルバディアの戦士だな?」
礼の一つもなく続けるペスト。
「……そうですけど」
その態度に、少しムッとした表情を見せるニーテ。
だが、すぐにジーンが一歩前へ出て会釈した。
「隊長のジーンと申します——族長カーム様のご依頼を受け、この里まで馳せ参じました」
ペストは鋭い目を三人へと巡らせると、おもむろに口を開いた。
「ついてこい。族長のところまで案内する」
そう告げると、その緑色の瞳は振り返る。
「ルミナ……またね」
申し訳なさそうに笑うエルリアを残し、三人はペストに案内されるまま、里の中を歩き始めた。
道を進む中、さらに一同はいくつもの視線とすれ違う。
「またこっちを見てますよルミナさん……なんだか嫌な感じ」
「しっ! 聞こえるわよ、ニーテ」
隣を歩くルミナへ、ひそひそ声で不満を漏らすニーテ。
それもそのはず。
道行く人々は皆、まるで腫れ物を見るような目を彼女たちへ向けていた。
「一体どうして……?」
同じ疑問を抱くルミナ。
何気なく周囲の人々へ目を向ける。
「何がそんなに怖いのかしら……」
彼女は気づいていた。
こちらを見つめる緑色の瞳は皆、かすかに震えていることに。
彼らは嫌っていたのではない。
外の世界から来た人間を——ただ恐れていたのだ。
エルリアだけではありません。
風の里の人間は皆、緑色の瞳をしていました。
そして、その内に宿るのは、恐れでした。
次回は大人のお話へと続きます。
火曜日にお会いしましょう!




