第21話 いい人
お次は幽霊キャラたちのお話になります。
かつて敵だったガンツとの和解はなるのか……?
いい人
どうぞ。
「悪い悪い。遅れたぜ——」
とある兵舎の訓練場——剣庭にて。
『む? もう一人きたか……』
木剣を振る二人の少年少女のもとへ、軽快な足音が駆けてきた。
『……こんな時間まで』
そんな彼らを見下ろしていたのはガンツ。
途方に暮れ、近くに見つけた兵舎の屋根で休んでいた彼は、偶然目にした彼らを見守っていた。
「ナポル! 今日こそ一本取りなさいよね!」
「当然だ! こいつは初日から調子乗ってたからな。焼きを入れてやる」
「の、乗ってねえよ! ほら——やるぞ」
一人の少女にはっぱをかけられたナポルと、対峙する少年。
『あいつは確か……ルキっつったな』
緑色の紐をちらつかせ剣を振るルキにばかり、彼は視線を向けていた。
しかし——。
『……はぁ』
彼の悲しみを知ってしまっていたガンツは、ため息を漏らす。
それは、最愛の家族だった姉との別れ。
彼にとって、ラキの死は無関係の事だと思えなかった。
利用されてたとは言え、帝国の悪事に加担していた事実に、いつまでも追い詰められる。
——やがて、仰向けに倒れたガンツは空を眺めた。
『悪いこと……しちまったな』
星に向かって言葉を投げる。
だが。
『……って、俺の声なんて、誰にも聞こえねえか』
声は虚しく響くだけ。
それに、声なんて届いたところで何もできない。
ラキは二度と彼の前には帰ってこないのだ。
『……くそっ!』
彼女と同じ傷が、ズキンと痛む。
そして、とうとうガンツは、混み上がる気持ちを爆発させた。
『うぁぁぁぁぁ‼︎』
『ひぃぃぃ⁉︎』
——すると。
その叫びに返ってきたのは、切り裂くような悲鳴。
『うおわぁ! なんだ……⁉︎』
『き、急に叫ばないでくださいよぉ!』
起き上がり振り向くと、そこにはあの黄色い少女——ラキの姿があった。
『お前……なんでここに』
『心配になって、見に来たんですよ……ガンツさん、泣いてるんじゃないかと思って』
思いもよらない言葉に虚を突かれ、ガンツは目くじらを立てた。
『泣くって、てめぇ! 俺をガキ扱いしてんのかぁ⁉︎』
拳を握りしめた大男が、ラキの前へ立ちはだかる。
それでも彼女は怯まず、震える体を奮い立たせながら言い返した。
『す、凄んだって、もう怖くないんですからね! ガンツさんが本当はいい人だって、分かっちゃいましたから!』
『な、なんだよ。そりゃ』
小さな体で堂々と言い放つ彼女を前に、今度はガンツが一歩後ずさる。
するとラキは、さらに言葉を続けた。
『マリラさんから聞いたんですよね? 私のこと——』
『……っ!』
——その言葉を聞いた途端、ガンツは彼女の顔を真っ直ぐ見られなくなってしまった。
『その時私、見たんです』
俯く彼の背中を見つめながら、ラキは静かに続ける。
『ガンツさんの背中が、今にも泣き出しそうなくらい、悲しく沈んでいるのを』
そして、柔らかく微笑んだ。
『それで分かったんです。この人は、本当はいい人なんだって』
『そんなこと……お前に分かるかよ』
根拠らしい根拠もない彼女の言葉に、ガンツは戸惑っていた。
それに。
『俺は……』
自分は簡単に許されていい人間ではない。
そう思っていた。
しかし——。
『私には、見えちゃうんです!』
迷うことなく言い切ったラキは、自分の瞳を指差す。
『本当に悪い人なら、あんな身の上話を聞いて、悲しくなったりなんかしません』
そして、少しだけ誇らしげに胸を張った。
『いろんな人の悲しい背中を見てきた私には……分かります』
今までの旅や、この国で出会った人々の心を見つめてきた彼女は、誰よりも人の感情を敏感に読み取ることができた。
敵だった自分に恨み言一つこぼさず、それどころか、心の奥に抱えた痛みにまで気づいてみせる。
そんなラキを前に、ガンツはついに何も言い返せなくなった。
——すると、彼を言い負かして安心したラキは、その脇から身を乗り出し、剣庭を見下ろした。
『おお! やってるやってる——今日は三人とも来てるのね!』
ガンツの目に映る彼女の横顔には、既に笑顔が戻っていた。
そこからは、恨みも悲しみも、微塵も感じられない。
『あの子……少し背が伸びたかしら。これなら、私なんてあっという間に追い抜かれちゃいそう』
楽しそうに弟を見守る彼女へ、ガンツは静かに問いかけた。
『お前は、悲しくねぇのか? 死んでしまってよぉ』
『はい?』
死という、最大の悲しみとも言える出来事さえ、笑って受け止めるラキの心が、ガンツにはどうしても理解できなかった。
だが——彼女はそんな疑問すら笑い飛ばす。
『悲しむなんて、もったいないじゃないですか』
そう言って、ラキは剣庭へ向けて手を広げた。
『私たちは死んじゃったけど、想いまでなくなったわけじゃありません——こうして、大切な人を見守ることだってできるんです』
眼下では、ルキたちが声を上げながら木剣を交えている。
その姿を見つめ、ラキは再び笑顔を浮かべていた。
『それだけで十分です。失くしたものを数えるより——今あるもので、いっぱい喜びましょう!』
『今あるもの……か』
彼女の言葉を噛み締めるように、ガンツは小さく呟いた。
『……そうなのかも、しれねぇな』
そして、軽く握った拳で自分の頬を殴りつける。
失ったものばかりを数えていた、愚かな自分の目を覚まさせるように。
前を向き、今あるものを大切にする彼女を前に、ガンツは心の中で深く詫びた。
『……悪かったな』
いくら謝ったところで、失われたものは帰ってこない。
それでも彼は、そう呟かずにはいられなかった。
『——またルキの勝ちね! 本当にすごいわ!』
——そんなことも露知らず、残された弟の姿を楽しそうに見守るラキ。
その隣には、いつの間にかガンツも自然と腰を下ろしていた。
「くそぉ……また負けた」
「よーし! ルキ君、今度は私が相手よ!」
「へへっ! 誰でも来いってんだ!」
ガンツの瞳に映るのは、姉と同じように前を向いて生きるルキの姿。
彼はそんな少年を、まだ見ぬ弟へと重ね合わせていた。
『あいつ……今頃、どこで何してんだか』
いつだって思い出すのは、弟のフラッツのことばかり。
あいつも、こんなふうに笑っていればいい。
そう願いながら、今もどこかにいるはずの弟を案じていた。
——すると、隣にいたラキの口から、耳を疑うような言葉が飛び出した。
『そういえば、フラッツさんを探しているんでしたね——私、一度だけ会ったことがありますよ』
『なんだと⁉︎』
次の瞬間、ガンツは必死の形相で彼女へと詰め寄る。
『ひぃ! 急に怖い顔しないでくださいよぉ!』
両手を前に掲げて身を引くラキを見て、彼は我に返った。
『わ、悪ぃ。あいつ……もう死んだとばかり思ってたからよ』
再び腰を下ろし、深く顔を伏せる。
弟が生きていると聞いて、この国まで来た。
それでも、どこかで確信を持てずにいたガンツの表情に、初めて安堵の色が浮かんだ。
そんな彼に——。
『聞かせてあげますよ。フラッツさんと会った時のこと』
ラキは手を差し伸べるように、優しく笑いかけた。
『ほ、本当か⁉︎』
罪悪感と喪失感に苛まれていたガンツの心へ、彼女の言葉が小さな光を灯していく。
この国へ来て初めて、彼は誰かに心を許すことができた。
そして——。
『ふふふ。ガンツ君ったら、ラキとあんなに仲良くなっちゃって』
かつては敵同士だった二人。
寄り添い、穏やかに心を交わすその声へ、マリラは建物の陰から嬉しそうに聞き耳を立てるのだった。
今回もラキがやってくれましたね!
これこそが彼女の魅力。
全てを包み込む強い笑顔。
彼女はいつだって私の心を代弁してくれる、作者にとってもかけがえのない存在です。
次回は金曜日!
鏡と共に編、最終回でございます!




