第20話 白銀鏡
これこそが本当の始まりの回になるかもしれません。
永かった。
ここに来て初めて、ルミナとカガミが……。
白銀鏡
どうぞ。
「ずずっ……ふぅ」
ようやく涙も収まり、ルミナは鼻をすすりながら大きく息を吐いた。
そんな彼女へ、俺はそっと声をかける。
(——大丈夫か? 泣き足りなかったら、今度はアバンの胸でも借りるといい)
「だ、大丈夫よ! ……でも、ありがと」
照れ隠しのように頬を膨らませるルミナ。
可愛く怒った様子を見て、俺もホッと胸をなで下ろした。
——すると、アバンが静かに口を開く。
「転生者よ。言う通りあいつは帰らせたが……他にもなにかあるのだろう?」
ルキを除き、この場に残っているのは、国の中枢を担う者たち。
話はまだ——終わりではない。
それに気づいたルミナは、期待に満ちた眼差しを俺へと向けた。
「もしかして! 次はアリヴェルにいるマルクの様子を見に行ってくれるの⁉︎ それなら今度は——」
(おいおい。俺は文通屋じゃないぞ)
すっかり以前の調子を取り戻し、話を勝手に進める。
しかし——。
「およし——ルミナ」
そんな彼女を見て苦笑したヨヨが、ようやく本題を切り出した。
「転生者のその子は、これからギルバディア軍の一員として戦うんだよ」
「おお!」
少し残念そうな表情を浮かべるルミナの横で、今度はアバンが声を上げる。
「やはり、偵察要員として働いてくれるんだな?」
——だが、俺はその期待には応えられなかった。
(そうしたいのは山々なんだが、それはできそうにない。俺のような存在でも——中には攻撃を加えた奴もいた)
転生者の存在は、おそらく帝国中に知れ渡っている。
そして奴らは、それを撃退する術まで持っていた。
もう以前のように、自由な偵察などできないのだ。
「攻撃って……あなたは大丈夫だったの⁉︎」
(ああ、マナを持つ体が仇になってな……でも、何とか逃げ切れたよ)
実際に狙われたのはマリラだったが——マナを持つ俺が、いつやられてもおかしくはない状況だった。
「そんなことが……」
「転生者というのも、不便なものだな……」
霊体のような存在の俺も、決して無敵ではない。
早速めくれてしまった俺の弱点に、二人は言葉を失う。
しかし——俺の役目は、他にもある。
「よく聞いておくれ。ルミナ」
それを察したかのように、ヨヨが静かに口を開いた。
「この子は、そのマナを使って、あんたと一緒に戦うんだよ」
「……私と?」
自分を指差しながら、ルミナは俺の光を不思議そうに見つめる。
「マナを使うって……あなた、魔法なんて使えたの?」
「体を持たないこの子には、そんなことはできないよ——あんたの中へ入って、一緒に戦うのさ」
——その言葉に、ルミナは一気に身の毛をよだたせる。
「わ、私の中に入るって……あんた、男でしょう?」
冷たい肩を抑えながら、彼女は後ずさった。
(そ、そりゃまあ、そうだけど……)
怖がるのも無理はない。
男として認識されている俺が体の中へ入るなんて、抵抗があるに決まっている。
何しろ一度は、覗き魔扱いまでされているからな……。
「じょ、冗談ですよね? ヨヨ婆様……」
「男ったって、魂だけのただの幽霊じゃないか——それに、こんなことができるのは、あんただけなんだよ」
ヨヨは落ち着いた口調でルミナを諭す。
それでも、彼女の疑いの眼差しは俺から離れない。
そんな突拍子もない話に、今度はアバンが口を挟んだ。
しかし。
「ヨヨ婆よ……人のマナを借りて戦う魔法使いなんて、聞いたことないぞ?」
「できるのさ」
すぐに答えるヨヨ。
やがて、静かに深呼吸をした彼女はゆっくりと瞼を開き、真っ直ぐルミナを見据え——言い放った。
「ルミナの正体は——女神族の生き残り、アリシア姫なんだから」
「「(……っ⁉︎)」」
——皆が言葉を失う。
今まで戦争の引き金となっていた伝説の存在が、なんと彼女の口からあっさりと明かされたのだ。
(ヨヨ……こんなところで言っちゃってよかったのか?)
行方不明とされていたアリシアは、今やこの世界の根幹に関わる秘密。
流石の俺も、この告白だけは予想していなかった。
「こんな秘密、いつまでも隠し通せるものじゃないよ——この国の頭であるアバンにも、こいつは背負ってもらわないとね」
「ぐむむ……」
口をつぐませるアバン。
ヨヨの言う通りだった。
帝国の狙っていたアリシアは、今ギルバディアにいる。
国を背負い、帝国と戦う者として、彼にはその事実を知る責任があった。
——やがて、固まっていたアバンは、言葉を失っているルミナのもとへゆっくりと歩み寄る。
「うーむ……女神像のアリステラ様は見たことがあったが——」
まじまじと見つめるのは、白銀の髪をなびかせた、これまでただの魔法使いだと思っていた少女。
だが、これまでの堂々とした立ち振る舞いを思い返せば、確かに一国の姫君としての風格がうかがえた。
「な、なによ?」
「言われてみれば、面影はあるかもしれない——あっ! い、いや……失礼しました、アリシア様!」
我に返ったアバンは、慌てて姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「急にやめてよ! ヨヨ婆様……どうして——」
突然の暴露に戸惑いを隠せないルミナは、助けを求めるようにヨヨを見つめた。
だが——。
「目を覚ましな、アリシア! あんたは英雄の血を引く女——」
彼女は鋭い眼差しを向けられる。
「しかるべき保護を受け——その力を使いこなさなきゃならないんだよ」
そして、容赦なく突きつけられる使命。
もう自分は、一人の魔法使いではいられない。
己の中に眠る大きな力と、向き合わなければならないのだ。
ルミナは複雑に絡み合う不安を、小さく握った拳へ押し込めていた。
そこへ——。
(大丈夫。君は一度、その力に触れている)
俺は、支えるように言葉を添える。
(国境の森で妖魔を退けただろう? あの時も、俺のマナを使って、君は力を覚醒させたんだ)
「あの時の……!」
ルミナはゆっくりと両手を開き、その掌を見つめた。
必死だったあの日、自分のただの叫びに怯えていた妖魔。
「大昔から蔓延る妖魔に抗う力——それこそが、英雄と呼ばれる女神族の力の一つだよ」
彼女はようやく、己の血が持つ力の意味を知った。
だが、その力の大きさを知るほど、不安もまた膨らんでいく。
「本当に……私なんかが……」
震える手を再び握るルミナ。
英雄と謳われた一族の、たった一人の生き残り。
その宿命と向き合うなんて、生半可なものではない。
——その時だった。
「女神族の姫君だなんて聞かされて、俺も正直身構えた。だが——」
一呼吸置いたアバンが、真っ直ぐとルミナを見つめた。
「この国を背負う者として、俺も全力で力を貸そう」
そして、照れくさそうに頭をかくと、少しだけ表情を緩める。
「今まで通り……“ルミナ”と呼ばせてもらってもいいか?」
一瞬きょとんとしたルミナだったが、その言葉の意味を理解すると、張り詰めていた表情がふっと和らいだ。
「……うん」
一国の姫アリシアではなく、一人の魔法使い——ルミナへ向けられたその言葉。
その変わらない眼差しが、彼女の重荷を少しだけ軽くした。
「もちろんよ。ありがとう、アバン」
人々を救うほどの力は、時に恐れられ、争いの種にもなる。
だから彼女は、自分の存在が誰かを不幸にしてしまうのではないかとずっと怯えていた。
孤独を抱えて——生きていた。
アリヴェルの生き残りであるマルクが、そうだったように。
「あんたは一人じゃない。辛いことも、これからは彼が一緒に背負ってくれる」
涙をこぼすルミナに、ヨヨの言葉が添えられる。
「彼……」
誘われるままに向けられる視線。
その心に応えるように、俺も口を開いた。
(ルミナ——)
その重荷を一人で背負わせるつもりなんてない。
この物語に生きる彼女を笑顔にする。
そのために、俺はこの世界へ来たのだから。
「あなたが……一緒に?」
(俺のすべてを——全部君に預けるよ)
少し戸惑いを残した瞳でこちらを見つめる。
きっと不安なことだらけなのだろう。
俺も同じ気持ちだ。
だからこそ、君には伝えておきたい。
(白銀鏡——これが俺の、本当の名前だ)
今まで声だけだった俺を、少しでも信じてもらうために。
「シロガネ……カガミ」
——彼女の瞳に映るマナの光。
それは、今まで声だけの存在だった俺を、一人の人間として見つめてくれているようだった。
そして——。
「——カガミ……素敵な名前ね」
ルミナは笑ってくれた。
それは今まで何度も見てきた彼女の笑顔。
しかし、それが俺に向けられることなんて一度もなかった。
ただ嬉しかった。
本当に……嬉しかった。
それは、本当の意味でルミナの前に立つことができた俺へと向けられた——真っ直ぐな心。
やがて。
「信じてるから——」
温もりのこもった彼女の手が、初めて俺の光に触れた。
「これからは、よろしくね——カガミ」
(ああ……ありがとう。ルミナ)
その温もりに触れた瞬間、俺の奥へと広がる柔らかな熱。
今まで何度も彼女のそばにいた。
笑う姿も、怒る姿も、涙を流す姿も、ずっと見てきた。
——けれど、君はようやく、俺を見つけてくれたんだね。
ありがとう……本当に、温かいや。
君のおかげで、俺はやっと、この物語の一員になることができた気がするよ——。
白銀鏡の新しい物語が、ここからスタートします。
本当の意味で、やっと認識し合えた二人。
主人公とされていたマルクでしたが、カガミはルミナと行動を共にします。
鏡と共に編のクライマックスでした。
第二章はもう少し続きます。
問題は、他にもありますから。
お次は火曜日!
お待ちしてます!




