第19話 出会い
マルクの無事を最も願っている人たちに。
天の声として、預かった言葉を伝えなければいけません。
生存報告。
どうぞ。
その日の夜、王宮の一室にて。
「ふんっ! ふんっ!」
そこには、ギルバディアの指揮官アバンと、ヨヨが静かに待つ中、一人剣を振り続けるルキの姿があった。
「……お前なぁ。少しは剣をしまったらどうだ?」
落ち着きなく剣を振り続ける姿を見かねて、呆れたように声をかけるアバン。
しかし、拳を握りしめたルキは声を荒らげた。
「うるせー! ルミナのやつは、まだかよ⁉︎」
(まあまあ。もう少しで来るから待っててくれよ)
俺の声が聞こえた方をキッと睨むと、ルキは再び剣を握り直し、胸の奥の不安を振り払うように振り続ける。
すると——。
「む?」
「おや?」
アバンとヨヨが同時に扉の方へと向いた。
「きたか⁉︎」
その気配に気づいたルキも剣を止め、息を呑みながら扉を見つめる。
コンコン。
「——ルミナです」
二度のノックの後、ゆっくりと開く扉。
入ってきたのは、普段着姿のルミナだった。
「ただいま戻りました……って、あれ? どうしてあんたが?」
「おせーよルミナ! お前を待ってたんだぞ!」
突然の大声に、彼女は思わず耳を塞ぐ。
「な、何よいきなり! 私だってクエストで忙しいんだからね!」
負けじと言い返しながらも、ルキのただならぬ様子に——彼女は思わず首を傾げた。
「すぐに来いって言うから急いできたけど……ヨヨ婆様、一体どういうことですか?」
「ひっひ」
隣で笑っていたヨヨがようやく口を開く。
「あんたに——話したいって奴がいるんだよ」
「私に?」
不思議そうにアバンへ視線を向けても、彼もまた何も語ろうとはしない。
やがてルミナは、肩を震わせながら涙をこらえるルキの姿を見つめ、いつもとは違う空気を察し始めた。
「……まさか」
息を呑むように呟いた彼女へ、俺はそっと声をかける。
(ここにいるよ)
その声に導かれるように、ルミナは精神を研ぎ澄ませるように目を細めた。
そして、ゆっくりと視線を巡らせ——何もない空間の一点を、じっと見つめる。
「帰って……きたのね」
(ああ。今朝のうちにな)
確信を得たように、ルミナはゆっくりとこちらへ近づいてくる。
一歩、また一歩と縮められる距離。
その瞳は、まっすぐと俺を捉えていた。
(ルミナ……俺のことが——)
少し驚いた。
だが、今にも泣き出しそうな彼女が、初めて俺の存在を認識してくれたことが、何より嬉しかった。
「……ルミナ」
ヨヨも思わず目を見開く。
「あんた……まさか、マナが見えるようになったのかい?」
「は、はい。なんとなくですけど……よく目を凝らしたら——」
何度も目を擦りながら、不思議そうに俺を見つめるルミナ。
その様子に、アバンとルキは揃って口を開けていた。
——だが、俺にとってのそれは、そこまで意外なことではない。
ヨヨや帝国四天王の二人は、これまで何度も俺のマナやエギルの気配を感じ取っていた。
そう——あのマルクでさえも。
(帝国の人間にも、俺の存在を感じ取れるやつはいた。アバンには悪いけど……俺はもう。偵察役は務まらないかもしれない)
「お、おう……それは構わないが、それよりだ」
少し困ったように頭をかいたアバンは、心配そうな二人へ目を向けながら、俺に説明を促した。
本題はそこではない——。
仲間を迎えに行くと言って、俺はこの国を旅立った。
その答えこそが、二人が最も待ち望んでるものだ。
(——そろそろ話そうか。あいつのこと)
俺の声に、一室が静まり返る。
ルキは拳を強く握り締め、ルミナも俺から目を逸らさない。
張り詰めた空気の中
——ゴクリ。
誰かが唾を飲み込む音だけが、小さく響く。
誰もが同じ答えを恐れ、同じ言葉を待っていた。
だからこそ俺は——その不安を真っ先に打ち消した。
(安心してくれ——マルクは無事救出した)
たったそれだけの一言に、重苦しい空気が一気にほどけていく。
「あぁ〜……」
長い間息を止めていたように、ルキはその場へ尻餅をついた。
「なんだよぉ……深刻な声で、“ルミナが来てから話す”なんて言うから、俺はてっきり」
言葉にならない安堵。
二人が揃うまで待ち続けていた彼こそ、一番不安だったのかもしれない。
そんなルキを見て、アバンは腕を組み、ヨヨも優しく目を細める。
しかし——。
「ちょっと待って!」
和らぎ始めた空気を切り裂くように、ルミナが声を上げた。
「マルクが無事なら、どうしてここへ帰ってこないの?」
当然の疑問だ。
彼の生存が分かったとはいえ、その姿をまだ見られない彼女にとっては、それだけで安心できる話ではなかった。
「ねぇ……やっぱり、本当は駄目だったんでしょう?」
ルミナの震えは止まらない。
俺を送り出したものの、最悪の結末も受け止めなければならないと、心の準備をしていたようだ。
「お願い。私は大丈夫だから……全部話して」
その不安につられるように、ルキも再び口を閉ざす。
だが俺は、静かに事実だけを伝えた。
(違うよ、ルミナ。あいつはガンツという男の意思を継いで——アリヴェルの地へ戻ったんだ)
「ガンツだと?」
真っ先に反応したのはアバン。
彼の耳には、聞き覚えの名前が耳に止まる。
「帝国にそんな名前の男がいたが……そいつは敵だろう?」
(信じられないかもだけど、その敵さんが——命を懸けてマルクを逃がしてくれたのさ)
敵が命を投げ出して味方を救う。
予想もしなかった話に、皆が頭を抱えながら唸っていた。
「……じゃあ、本当にマルクは無事なのね」
(もちろんだ。訳あって、今は人探しの旅に出ている)
ようやくことの顛末を知り、ルミナの表情にも少しだけ安堵が戻る。
それでも俺は、まだ寂しさを見せる彼女の瞳に言葉を添えた。
(これが全部だ……ごめんな)
本当なら、マルクと一緒に帰ってきて、みんなを安心させたかった。
(だけど——)
今の俺にできるのは、あいつの言葉を届けること。
(必ず帰るって、言ってたよ——ルミナのことは大切に思ってるって……あいつ、恥ずかしげもなく言ってたからな)
言葉にしてしまえば、ほんの短いもの。
けれど、その一言は、遠く離れた二人を繋ぐには十分だった。
——やがて、彼の言葉を受け取ったルミナはゆっくりと顔を上げる。
そして、込み上げるものを必死に堪えながら、彼女は歩き出した。
「お、おいっ! なんだよ、一体」
「うっ……うっ……うわぁぁぁん、ルキぃ!」
ルキの頭へと腕を回すルミナ。
張り詰めていた糸が切れたように、安堵と喜びの涙を彼へとぶつけていた。
「ったくよぉ……あんなこと言ったら、こうなるに決まってんじゃねぇか」
(あはは。悪い悪い。ちなみに、お前のことは弟みたいだって言ってたぞ。よかったな、兄貴と姉貴が二人もできて)
少し照れくさそうに文句を言いながらも、ルキは震えるルミナの背中をぽんぽんと優しく叩く。
その手には、誰よりも他人の不幸を嫌う彼らしい優しさが込められていた。
とりあえずカガミも一件落着といったところです。
ですが、彼が抱えているものはまだまだたくさんあります。
次回のEP111は、偶然にも記念すべき回となります。
鏡と共に編のクライマックスシーンとも言えるお話。
金曜日にお会いしましょうm(_ _)m




