第18話 女神の系譜
これで俺も戦える!?
そう期待していたカガミでしたが、彼にできることは……。
女神の系譜
どうぞ。
「魔法を? あんたがかい?」
滑稽そうに俺を見つめるヨヨ。
(実体はなくとも、俺にはマナがある。剣は握れなくても——魔法を使って戦えるはずだ)
胸いっぱいに期待を膨らませた俺は、子供のように声を弾ませていた。
(女神様の力を持つ俺だ。魔法をなんて覚えたら、きっとみんなの役に立てるぞ!)
しかし、言葉を並べていく俺に、ヨヨは冷たく首を振る。
「そいつはできないよ」
(ええっ⁉︎ なんで……)
ようやく皆の力になれると思っていた俺にとって、それはあまりにも絶望的な答えだった。
「そんなことができちまったら、転生者は真っ先に敵の寝首をかくだろうね——残念だけど、魔法なんてのは生きた人間にだけ当てはまる力なのさ」
追い打ちをかけるようなその言葉に、俺は肩を落とす。
(そんな……俺は結局、何もできないのか)
やはり俺は、どこまでいっても死人。
戦うことなど許されない無力な存在だと、今一度思い知らされた。
——すると。
「ただし——」
落ち込む俺を見かねたヨヨが、手を差し伸べるように優しく微笑んだ。
「ルミナの体を使えば、話は別だがね」
(……ルミナか)
彼女の言わんとしていることはすぐに分かった。
人の体を借り共に戦う。
ラキたちがよく使う、憑依というやつだ。
しかしそれには——問題があった。
(ヨヨ……一度試したんだけど、俺にはできなかったぞ)
俺の魂は、彼女の体に干渉できない。
過去に起こした好奇心から、それは実証されている。
だが。
「いや——必ずできるはずだよ」
それでもヨヨは言い切った。
「過去にあんたが失敗した理由はわからないけどね——この力は、先代の転生者たちが成し遂げてきた確かな技なんだ」
——全てを知る彼女の口ぶりにすぐにピンときた俺は、一つの答えを導き出す。
(女神の系譜……力の継承か)
「その通り」
女神の転生者とは、ただ目となり口となるだけの存在ではなかった。
それは、死を超えて、女神の力を次の時代へ受け継ぐ力の一つ。
——さらに彼女は、それを可能とさせる確かな情報を俺に打ち明ける。
「女神の力を使いこなせれば——あの妖魔の力を、簡単に退けられる」
(妖魔を退ける……)
その言葉に、不可解なあの出来事を思い出した。
国境の森にてルキが殺されかけたあの日。
叫ぶことしかできなかった俺とルミナが、妖魔の動きを止めた。
あれは偶然なんかじゃない。
あの時確かに、俺とルミナの中で何かが重なっていたんだ。
(できる……かもしれない)
ヨヨの言葉に確信を抱いた俺は、少しずつ覚悟を固めていく。
アリステラがいなくなり、この世から女神の力は失われたと思われていた。
だが、彼女は転生者となり、その力を残していた。
何らかの理由で彼女の魂を受け継いだ俺が、その意志を継ぐ。
これこそが、俺の存在する意味なのかもしれないと。
(俺……やっと、自分のやるべきことが分かってきた気がする)
「おやおや、そうかい。でも、ここからが大変だよ」
進むべき道は見えた。
だが、その途端に一つの不安が頭をよぎる。
(そうだよな……問題は、ルミナ——)
俺は慎重になっていた。
器となる彼女には、どう話せばいいのか。
突然”俺はアリステラだ”なんて言えば、混乱させてしまうに違いない。
——しかし。
「アリステラ……いや、カガミ——」
(はい……!)
ヨヨの言葉に、思わず背筋が伸びるような返事が漏れた。
「そんなことより、問題はあんただよ——」
ルミナへの伝え方を考えるより先に、俺には決めなければならないことがあった。
「あんたはもう、こちら側の人間……その覚悟が、あんたにはあるかい?」
それは——命を懸ける覚悟。
鋭い眼差しが、俺の覚悟を推し量るように、まっすぐ突き刺さる。
そこにいたのは、いつものヨヨではない。
法王——。
数え切れない修羅場を越えてきた彼女の言葉だからこそ、その重みは胸に深く響いていた。
(俺にできることは少ないかもしれない。だけど——)
魂が震えるほどの圧に、不安がよぎる。
それに、戦いが生む残酷な結末も、俺はこの世界で何度も見てきた。
それでも——。
(俺も……命を懸けるよ)
俺はもう、傍観者じゃいられない。
目を見開く彼女に、強く言い放った。
(この世界を救うために——俺はここにいるんだ!)
みんなを救えるのは、俺しかいない。
それは、誰よりもこの世界を愛し、描き続けてきた俺の、譲れない想いだった。
「ひっひ。よく言った——」
——ヨヨを包んでいた空気が、ゆっくりと綻んでいく。
「久しぶりに、あの子の本気を見た気がするよ」
俺の覚悟を受け止めてくれた彼女は、優しく目を細めていた。
そして。
「夜になったら王宮へ来な——ルミナには、私からも話してあげるよ」
どこか吹っ切れた様子で、踵を返す。
(ヨヨ……ありがとう)
去っていくその背中へ、俺は何度も感謝を伝えていた。
(……いつも、支えてくれて)
どれだけ礼を言っても、決して足りない。
胸の奥から溢れ続けるその想いを、俺には止めることはできなかった。
* * *
一方、その頃。
少年少女が集う訓練場にて。
「——今日は負けないからね! ルキ君!」
「へへっ。かかってこい!」
頬傷をつけた緑髪の少女と向き合う、一人の少年。
その姿を、懐かしそうな眼差しが見つめていた。
『——あのガキ、バルナん時の……こんなところにいやがったのか』
壁にもたれかかるガンツ。
彼はバルナで、自分より遥かに強大な相手へ飛び込んでいったルキの姿を、今でもよく覚えていた。
『あんなに小せぇのに、もう戦うことを覚えてんだな』
辛い戦いを経験しながらも、曇りのない瞳で剣を振る少年が、彼には眩しく映った。
『はぁ……』
やがて、大きくため息を吐く。
『……なんで、あんな馬鹿なことしたかねぇ』
国に見捨てられたと思い込み、すべてを恨み、悪魔の組織へ身を投じた。
死んだ今になって、その選択を心の底から恥じていた。
——すると。
『ガンツ君!』
『うおわっ!』
明るい声と共に、背後からマリラが現れる。
『急に出てくんじゃねぇよ! この幽霊女!』
怒鳴るガンツに、彼女はすぐさま頬を膨らませた。
『だからぁー! 私はマリラだって、何度も言ってるでしょう!』
相変わらずの彼女に、ガンツは呆れたように顔を背ける。
『うるせぇなぁ……一体ここに何しに来たんだよ、お前ら』
背後の物陰に隠れる黄色い少女の気づきながらも、彼はぼやいていた。
『私たちは、あの子を見に来たのよ』
すると、か細い指で訓練場を指差すマリラ。
その先にいたのは、先ほどまで眺めていた少年兵だった。
『あいつを? ……へぇ。女にしちゃ見る目があるじゃねぇか』
二人の目的を聞いたガンツは、小さく笑う。
『あのガキは大したやつだぜ。あの歳で、もうそこらの大人にも引けを取らねぇ実力だ』
その意外な反応にマリラは少し驚いた。
しかし、すぐに悲しげな視線を後ろへ向ける。
『そうじゃないわ。彼は、あの子の弟なの』
『……弟』
ガンツは小さく呟き、ゆっくりとラキへ視線を向けた。
震えながらも、必死に弟を見守るその姿。
その光景が、自分とどこか重なって見えた。
『あいつも……同じなのか』
大切なものを失い、一人取り残された悲しみ。
その痛みを背負っているのだと、彼はすぐに悟る。
そして脳裏に蘇るのは、自分へ浴びせられた罵詈雑言。
『まさか……あいつがここにいるのは』
その言葉に、マリラは静かに頷いた。
『あの子も死によって——弟と引き裂かれたの』
ガンツは俯き、拳を固く握り締める。
そんな彼に、マリラは悲しげに続けた。
『この地には、盗賊が増えたからね……』
その一言だけで十分だった。
ガンツの胸に、一つの答えが重くのしかかる。
『それから、そこに居合わせたマルクさんに、こっそりついていったのよ』
ラキは、マルクたちへ牙を剥く自分の姿を、その目で見ていたのだ。
帝国の横暴によって、この大陸に増えた悲劇でさえも。
彼女の罵声は、憎しみではなく悲しみだったのだと、彼はようやく理解した。
——そして。
『俺のせいだ』
『えっ?』
苦しげに顔を歪めたガンツは、静かに背を向ける。
『やっぱり俺は、あいつの言う通り……血も涙もねぇ人間だ』
『ちょっと……待ってよ!』
今まで見せなかった彼の表情。
立ち去ろうとするその腕を思わず掴むマリラ。
『どうして一人になろうとするの? 私たち、同じ痛みを背負う仲間じゃない』
優しく諭すような声が響く。
彼女の言う通り、この場にいる誰もが、それぞれの悲しみを抱えていた。
だが、それでもガンツは、彼女の手をそっと外す。
『止めるな。俺は……お前らから、奪いすぎた』
それだけを言い残し、彼は飛び去っていった。
『ガンツ君! 死んだ人間に帝国も何も関係ないじゃない!』
背中へ投げかけたマリラの叫びが、虚しく響く。
しかし——。
『あの人のエギル……』
二人と向き合うことができなくなった彼の中に渦巻く悲しみの光。
その深さに気づいたのは、ラキただ一人だった。
一人では戦えないカガミにできるのは、ルミナを支えることだけ。
後は彼女に受け入れてもらえればいいのですが……。
さらに、孤独に走るガンツの行方は??
お次は火曜日!
お楽しみに。




