第17話 女神転生
帰ってきたカガミが初めに訪れたのはここ。
ルミナよりも先に、どうしても彼女に会わなければいけませんでした。
女神転生
どうぞ。
ギルバディアに昇る太陽が朝を知らせる頃、俺は空に向かってあくびをするように声を吐き出していた。
(うーむよく寝た。これでバッチリだ!)
本来、眠ることのできないはずの俺は、マリラとの長い旅の中で一つの特技を覚えた。
——それは、思考の停止。
エギルだけの存在の俺たちも、活動を続ければエギルを消耗していく。
ラキたちが時折眠るように姿を消すのも、その力を回復するためだった。
俺も帝都までの長旅で、初めて疲労というものを味わった。
眠気はない。
だが、思考は鈍り、体だけが重くなっていく。
だから俺は、意識だけを眠らせる術を身につけた。
——完全な眠りにつけないのは、おそらく俺の中に、もう一つのエギルが眠っているからだろう。
(思考を休めるだけでも、体の軽さが全然違うな——おや?)
あたりをくるくるとまわっていると、俺の懐を飛び出すように二つのエギルが声を上げた。
『やぁ! おっはよーございまーす!』
いっぱいの笑顔で拳を突き上げるラキ。
『んー。やっぱり、ギルバディアの朝が一番ね!』
空気を抱くようにして手を広げるマリラ。
懐かしい目覚めを喜び合う少女たちだったが——俺はやけに軽くなっていた体に違和感を覚えた。
(あれ……ガンツ! どこいきやがった……)
『カガミさん? 一体?』
彼を呼び出そうと何度も名前を呼ぶ声に、ラキはとっさにマリラの影へと隠れる。
『もしかして……彼が見つからないの?』
震えるラキの肩を抱きながら、心配そうな顔を向けるマリラ。
(ああ。俺が寝てる間に、一人でどこか行きやがった……ったく、ガキの家出かよ)
『……そう』
原因は昨日のこと——それは皆も察していた。
ガンツにとっても、敵国だったこの国にはいづらいのだろう。
『あんな怖い人が……ギルバディアをさまよってるなんて』
彼のことをいまだ受け入れられなかったラキは、ますます青ざめていた。
今すぐじゃなくても、共に戦う仲間を、彼女にもいつかわかってもらわないとな……。
やることが山積みだった俺はやがて——マリラに声をかける。
(マリラ…… 二人の事、君に任せていいか? 俺はそろそろ——)
今回の遠征で、報告しなければならないことがたくさんあった。
そして、すぐにそれを察してくれたマリラは、微笑み、背中を押してくれた。
『ええ、大丈夫。カガミさんは心配しないで行ってきて』
(ありがとうマリラ——本当に頼りにしているよ)
この場を預けた俺は、早速彼女の気配のする魔導院の方へと体を進めるのだった。
* * *
爆炎が散り、氷塊が放たれ、雷光が走る——。
様々な色が飛び交う魔導院の訓練場に、彼女はいた。
杖をつき、魔法使いの弟子たちを見守っていた彼女は、やがて何かを察したように小さく肩を揺らす。
「ひっひ。よく帰ってきたね……カガミ」
(やっぱり——見えてたか)
すぐそばへと歩み寄っていた俺に、ヨヨは驚く様子もなく微笑んでいた。
デノイルの時もそうだったが、優れた魔法使いにはマナを感じ取る力があるのだろう。
「事情はルミナに聞いたよ。あの子には、ちゃんと報告したのかい?」
(まあ、そのことについては……)
魔導院にいたのは、ニーテと数人の魔法使いだけ。
ルミナがここにいないことを知っていたからこそ、俺は真っ先にヨヨのもとへ来た。
「おや、まだ報告してないのかい? ……なるほど。何かに怖気付いて、ここに来たって顔だね」
(違う違う。まあ、それもちょびっとはあるけど……どうしても先に、ヨヨへ伝えたいことがあったんだ)
心を見透かしたような言葉に苦笑すると、ヨヨは少しだけ表情を引き締める。
「何でも言ってみな、アリス……いや、カガミ」
そう呼ばれることが、どこか嬉しかった。
(構わないよ)
俺は静かに首を横へ振る。
そして、言い放った。
(だって俺は——アリステラだから)
彼女に一番に伝えたかったこと。
それを聞いたヨヨは、一瞬だけ目を細めると、優しく頷いた。
「……そうかい」
何度聞いても、その声は温かかった。
その理由が、ようやくわかった気がする。
俺の中には——転生者アリステラの魂が生きている。
だからこそ俺は、彼女の恩師であったこの人に、深い信頼を寄せていたのだ。
——さらに俺は、悩みを打ち明けるように彼女に呟いた。
(時々、夢を見るんだ。アリステラの——)
「あの子の夢を? どういうことだい、そりゃ」
ヨヨは首をかしげる。
俺も彼女に会うまでは、それをただの夢だと思っていた。
だが、今は違う。
ずっと夢だと思っていたそれは、おそらくアリステラが実際に体験した記憶そのもの。
(ひどい夢ばかりだ。城の中で妖魔に囲まれたり、牢の中で拷問を受けたり……最初に見た夢では、自ら命を絶っていた)
「自ら命を……? それは間違いないんだね?」
ヨヨの顔から笑みが消える。
俺がそれを夢ではないと確信したのには、ある理由があった。
(その夢は……全部、痛いんだ)
静かに目を閉じるヨヨ。
杖を握る手は、わずかに震えていた。
(冷たい牢屋の空気も、体を裂かれるような痛みも……全部、現実だった)
さらに、その言葉が紡がれるたび、眉間に深い皺が刻まれていく。
握り締めた手には、白くなるほど力がこもっていた。
そして——。
(あの時感じた痛みも悲しみも全部、きっと彼女が感じた——)
「もう充分だよ!」
俺の言葉を遮ったヨヨ。
その一声には、押し殺していた怒りと悲しみが、すべて込められていた。
——皇帝の手に落ちてしまったアリステラ。
彼女がどれほど残酷な仕打ちを受けてきたなんて、ヨヨには想像するまでもなかった。
(ヨヨ……ごめん)
伝わってきたのは、怒りだけではない。
姿のない俺ですら感じ取れるほど、周囲の空気が震えていた。
すると——。
「——おばあさま! 一体どうしたの?」
孫娘のニーテがその異変に気づいた。
慌てて駆け寄った彼女は、不安そうに祖母の顔を覗き込む。
しかし。
「ひっひ……大丈夫。怖がらせてしまったね、ニーテ」
すぐに我に返るヨヨ。
柔らかく開いたその手で、彼女の頭を優しく撫でた。
「さあ、あんたは訓練へ戻りな」
「は、はい——」
いつもの穏やかな声に安心したニーテは、小さく微笑むと、再び広場の方へ戻っていった。
「やれやれ……私としたことが、つい熱くなっちまったよ」
(いやぁ……こっちは肝が冷えたよ)
一時はどうなることかと思ったが、重苦しかった空気も、ようやく落ち着きを取り戻していく。
——だが、俺がここへ来た理由は、それだけではなかった。
(ヨヨ……俺に魔法を教えてくれないか?)
それは、俺が見出した可能性。
もし、この体に女神アリステラの魂が眠っているなら、俺もみんなの力になれる。
俺は悲しい知らせばかりを伝えにきたのではない。
新たな希望を持って——彼女のもとを訪れたのだ。
俺はアリステラの転生者である。
どうしてもヨヨに伝えたいことでした。
しかし、それならば彼は魔法使いとして活躍できる……!?
お次は金曜日!




