第15話 歩み始める悪魔達
第二章、始まりの舞台はパルメシア帝国。
捕虜をますます逃がしてしまった彼らの失態と、皇帝の今度の動きは……。
歩み始める悪魔達
どうぞ。
一方、同じ月の下。
北国、パルメシア帝国の帝都には、重く冷たい空気が流れていた。
「——逃した……だと?」
「は、はい……」
玉座に肘をつく皇帝は、首を垂れ、震える声で報告をする小柄な男へ問いかけた。
「その目を持ってしても、逃したと……?」
主の問いにゆっくりと頷き、冷たい汗を地面に落とすシュダ。
すると。
その隣で跪く男が口を開いた。
「申し訳ありません。彼曰く、転生者の奇怪な術にしてやられたとか——」
「貴様は黙っていろ——デノイル」
しかし、それはすぐに一蹴され、皇帝の視線は再び戻っていく。
「シュダよ……私は何のために貴様に力を与えたのだ」
低く落胆した声。
半妖の力により、人間離れした五感を得た部下の失態に、愛想を尽かしていた。
やがて——。
「——いっその事、本当の節穴にしてやっても良いのだが……」
己の骨身をギチギチと鳴らしていく皇帝。
「いっ……⁉︎」
顔を上げたシュダの眼前には、今にも飛びかからんばかりの白骨の触手が迫る。
彼は今、自分が生きていることが不思議なほどに戦慄していた。
「あわわ……」
自慢の千里眼に風穴が空こうとしていた——その瞬間。
蠢く触手は、泣き止むような音を立てて玉座の男の元へと戻っていく。
「ククク——冗談だ。そう怖い顔をするな」
「はぁはぁ、皇帝……様」
恐怖を張りつけたような笑みを見つめながら、シュダは引きつる口元を無理やり持ち上げた。
「もう少し遊びたかったが、私が欲しいのは女神の情報——やつを逃して、のこのこと戻ってきたということは、何か掴めたのだろう?」
「……えっ?」
胸を撫で下ろしたのも束の間。
次に向けられた期待が、再びシュダの背筋を凍らせる。
「そ、それは……」
彼は、マルクから得た唯一の情報を、恐る恐る口にした。
「い、いえ……ただ一つ、分かったことがあります。やつは、あの時バルナにいた女と小僧に——かなりの仲間意識を抱いているようでした」
「やつに……仲間だと?」
皇帝は眉をひそめる。
アリヴェルを滅ぼし、女王と女神の騎士団を皆殺しにしたあの日。
マルクは、すべてを失ったはずだった。
その男に、今さら”仲間”がいるという事実が、どうしても腑に落ちなかった。
「——名前は確かルミナとルキ。特にルミナという女の名前を出した途端、人が変わったように暴れ出して……」
「ルミナ……ルキ……」
やがて、顎に手を置いた皇帝はしばらく考え込む。
——脳裏に浮かぶのは、バルナの王宮での景色。
そこにいた、こちらの奇襲をことごとく破る少年少女だった。
「あの……二人か?」
偶然居合わせた転生者の策により動いていたと思われるが、虫けらのごとく辺りを舞う者たちの事など、あの時は気にも留めなかった。
しかし。
「転生者——なぜ、あそこに……?」
眉唾ものであった転生者を知り得、それを連れる異様な光景。
どこか出来すぎた筋書きに、違和感を拭えない。
さらに皇帝は、マルクを追い詰めたあの時のことを思い出す。
傷ついた女神の騎士の背後に見えたもの。
白銀の髪の間から、結界越しにこちらを睨み据える一人の少女。
「あの目……」
敵意に満ちたあの眼光……見たことがある。
そして——この瞬間。
彼の中で、散らばった欠片が繋がる音がした。
「クク……ククク……クハハハ!」
突如として玉座の間に響き渡る高笑い。
あまりに突然のことに、シュダは戸惑うことしかできなかった。
すると。
「——デノイル」
「はっ」
高笑いを止めた皇帝は立ち上がり、男へ問う。
「貴様は、あの男の転生者のマナを確認したか?」
顔を上げたデノイルは、すぐに主の意思を読み取り、諭すように頷いた。
「はい、確かに似ていました。かつて見た——アリステラのマナに」
その報告を聞き終えると、皇帝はゆっくりと窓辺へ歩み寄る。
月明かりに照らされた夜空を見上げ、静かに口を開いた。
「アリステラよ……やはりアリシアの元へと飛んでいたか——」
その声に、先ほどまでの怒りは一切残っていなかった。
代わりに浮かんでいたのは、獲物を見つけた捕食者の静かな歓喜。
ついに、この悪魔は——長きにわたり追い求めていた女神の居場所へと辿り着いてしまった。
「ククク——あの後確か、ギルバディア軍が駆けつけていたな……」
高らかに呟く皇帝。
そして——。
「シュダ!」
「はい!」
次なる標的を見定めた彼は、早速駒を進め始める。
「貴様は妖魔部隊の補充に専念しろ——やり方は問わん」
「かしこまりました! 次こそ、必ずや——」
汚名返上の拳を胸へと当てるシュダ。
「デノイル。貴様は“暁の牙”を使い、マルクの捜索……それから——新たな四天王を選び出せ」
「はっ。既に心当たりはございます——」
デノイルの口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
先の戦いで、帝国は予想外の戦力を失った。
だが、それで歩みを止める皇帝ではない。
次なる決戦へ向け、新たな力を集める。
それが、この男の次の一手だった。
やがて皇帝は、二人を見据え、静かに告げる。
「決戦は三年後——異国から帰還したヴェルドを加え、全戦力をもって臨む」
張り詰めた空気の中、最後の一言が玉座の間に響く。
「決戦の地は——ギルバディアだ」
新ギルバディア王国の陥落。
求めていた全てはそこにあると、この男は確信していた。
* * *
そして——現在のギルバディアでは。
『お帰りなさい、カガミさぁん!』
帝都から帰還した転生者へ、ラキは勢いよく抱きついた。
(わっ! ラキぃ……ただいまぐらい言わせろよぉ)
『うぅ……だってぇ』
顔をくしゃくしゃにした彼女は、今度はマリラの方へと抱きつく。
『ラキ……また会えて、本当に嬉しいわ』
涙の別れを越え、再び果たした再会。
夜空の王宮には、三人の笑い声と確かな温もりが広がっていた。
『ほんと、命懸けだったんですよぉ?』
(そんな大げさな……こっちはもっと大変だったんだぞ。マリラがいなければ、もうおしまいだった)
震える背中をぽんぽんと叩きながら、マリラは優しく微笑む。
『ふふ、お役に立てて光栄よ。それより——』
そう言った彼女は、期待するようにラキを見つめた。
『ラキにも、彼を紹介してあげましょう!』
(ああ。そうだな——)
涙目で首を傾げるラキ。
(全く、途中で寝やがって……あいつの馬鹿でかいエギルは、重たくてかなわねぇ)
『彼? あいつ? もしかして、新しい仲間ですか⁉︎』
何かを予感した彼女は、ゴシゴシと目を擦り、期待の眼差しを向けた。
『はは……死んでるから、あまりいいことではないんだけどね——じゃあカガミさん』
マリラの声と共に、二人から少し距離を置く転生者。
そして。
(きっと驚くぞ——さぁ、出てこいガンツ!)
その呼びかけに応えるように、夜空で大きなエギルが弾ける。
『——ふぁぁぁ……やっと着いたかぁ?』
現れたのは、元帝国四天王にして”剛剣”の異名を持つ男、ガンツ。
大きくあくびをしながら伸びをする大男が、ついにこの地へ姿を現した。
——しかし。
『ひいぃぃぃぃぃ‼︎』
突如として現れた黒甲冑の男を目にしたラキは、悲鳴を上げると、一目散に逃げ出したのだった。
ついに秘密に迫ってしまった皇帝でした。
しかし、今の彼らにはそれを奪う力が足りません。
決戦は決して遠くない未来に……。
そして!
新たな仲間ガンツの帰還……なのですが——。
お次は金曜日!




