第13話 おまけしてあげる
テゴラデート最終回!!!
幸運に見放された彼女が勇気を振り絞る⁉︎
その時彼女に……!
おまけしてあげる
どうぞ。
剣庭にて——。
「うーん違うなぁ……あの芝居では、もっと踏み込みが深かった」
昼に見た剣戟を思い出しながら、その技を何度も繰り返すルキ。
すると、星空を見上げていたテゴラが、不満そうに口を開いた。
「ルキ君……もう兵舎のみんなも、寝てる時間だよ?」
時間も忘れて修行に没頭していたルキは、その言葉に少し口をとがらせる。
「なんだよ。夜中まで付き合うって言ったのは、テゴラの方だろ?」
「確かに、言ったけど……」
デート中、なぜかあらぬことを口走った彼女は、彼の修行に付き合うことになってしまった。
あの時の悔しさを紛らわせるには、ちょうどよかったのだが——。
「こうか? いや、確かこんな感じだったよな」
相変わらず剣ばかりと向き合う彼に、歯痒く思う。
だが、彼女はふと考えた。
自分は彼の心の中を何も知らない。
独りよがりを押し付けていたのは——自分だったのかもしれないと。
テゴラは潤んだ瞳をそっと伏せる。
「——ルキ君はさ……どうしてそんなに強くなりたいの?」
その問いは、彼の心の奥へそっと触れるようだった。
すると、彼の剣は——ピタリと止まる。
「——何も……守れなかったからだよ」
ルキは静かに口を開いた。
彼女に初めて見せた、震えた声。
それが大きな傷を物語っていることは、誰が見ても明らかだった。
けれど、何に向けた後悔なのかまでは——彼女にはわからない。
「戦争で父ちゃんと母ちゃんを無くしてさ……俺はずっと、姉ちゃんと一緒だった」
やがてルキは、ぽつりぽつりと言葉を続ける。
「でも、最後の家族だった姉ちゃんも……盗賊に、殺された」
並べられる壮絶な過去。
その重さを受け止めきれなかったテゴラは、言葉を失っていた。
「それから、マルクってやつに剣を教わって、俺強くなったと思ったんだ——でも、帝国の奴らには……まるで歯が立たなかった」
ルキは一度言葉を切り、握っていた木剣へ視線を落とす。
「せっかくできた仲間を失ったその時、また思い出したんだ……俺が剣を振る理由を。姉ちゃんが死んだ、あの日のことを」
彼の手は震えるほどに強く握られていた。
あの時は子供だったから。
まだ弱かったから。
そんな一言で、自分を納得させたくはなかった。
守れなかったという現実だけは、決して消えない。
誰かに勝ちたいからではない。
全ては、もう二度と大切な人を失わないため……。
ここにきて、テゴラはようやく——強さへ執着する彼の心を理解した。
「そうだったんだね……」
己の弱さを飲み込むように唇を噛むルキ。
隠しきれないほどの悔しさに、彼女は思わず顔を伏せる。
——だが。
「まっ。そんな顔すんなよ」
その様子に気づいたルキは、すぐに表情を緩めた。
「今はもう、平気だから——」
「ルキ君?」
顔を上げたテゴラの目に映ったのは、いつもの無邪気な笑顔。
その裏側を知った彼女にとってのそれは、今まで以上に強く眩しく見えていた。
「うん……よかった」
そっと目を細め、小さく礼を言う。
そして。
「——お姉さんのこと、大好きだったんだね」
「えっ⁉︎」
張りつめていた空気が再び綻んでいく。
「別に……普通だよ、普通——」
ぷいっと背中を向けるルキ。
そんな彼の反応がおかしくて、テゴラは思わず笑みをこぼしていた。
「ふふ……ルキ君わかりやすい」
「う、うるせーよ!」
剣のことしか頭にないと思っていた彼にも、誰かを想い、照れる一面がある。
その当たり前の優しさが、テゴラの胸を締めつけていた緊張を、少しずつ溶かしていった。
そして——静かに息を吸い、彼女は一度だけ彼の横顔を見つめる。
「私もね……いるよ」
その一言だけを残し、テゴラは唇を閉じた。
夜風が、二人の間を静かに吹き抜ける。
「いるって……姉ちゃんか?」
不思議そうに首を傾げるルキ。
その何気ない一言に、テゴラは胸の鼓動がさらに速くなるのを感じた。
今なら……言える。
そう何度も自分に言い聞かせ、震える唇をゆっくりと開いた。
「好きな人——」
彼の顔が見えないまま、夜の剣庭に少女の声が響きわたる。
「好きな人……?」
さらに首を傾げるルキ。
「なんだ? 俺の知ってるやつか?」
はっきりと感じる視線に、テゴラは顔を背けた。
今まさに、彼は“私”を見てくれている。
あの日、この想いが芽生えたこの場所こそが、彼が唯一まっすぐと自分を見てくれる場所。
溢れ出しそうな想いを、今ここで吐き出すしかないとテゴラは思った。
そして——。
「私、私ね……」
彼女は言葉を絞り出す。
ゆっくりと、壊れないように。
「ほ、本当は——」
伝えたい想いは、もうそこまで出かかっている。
あとは勇気で押し出すだけ。
決して、難しい話ではない。
——だが。
「えっと……あの」
ここぞというときに、その勇気は恐れに変わってしまう。
彼の視線すらが、痛々しい棘に変わっていく。
決して、簡単な話ではなかった。
「テゴラ?」
——やがて、情けなくなった彼女は肩を落とす。
こうなることは、わかっていたのかもしれない。
いや、わかっていた。
自分は勇気なんて持ち合わせていないと。
だからこそ、言葉にできないからこそ、必要だった。
想いを繋げる——あの紐が。
「やっぱりだめ……私なんか」
八方塞がりとなったテゴラ。
諦めの言葉が喉を通ろうとした——その瞬間。
「——え?」
ポトリと。
何かが落ちた。
「今のは……?」
一歩、二歩と、音の鳴る方へと歩き、砂にまみれた地面を見つめていると。
そこには。
「嘘……!」
忘れもしない。
日々丹精を込めた、あの緑色の紐。
思わぬ幸運を拾い上げた彼女は、何度も目を疑った。
「どうして……こんなところに——」
パンパンと砂を払い、両手で優しく包み込む。
肌に伝わる感触は、間違いなく自分が触れていたもの。
すると。
『——今回だけは、おまけしてあげる』
何かを感じ取ったテゴラは、空を見上げた。
「なに……?」
しかし、そこには羽音だけを残した静寂が広がるのみ。
「幸運の……女神様?」
ポツリと言葉を投げるテゴラ。
自分でも、訳のわからないことを口にしているとは思う。
それでも、理屈では説明できない奇跡を目の当たりにした彼女は、そう呟かずにはいられなかった。
——やがて、何もない空を見つめていた彼女は、ルキの声に振り向く。
「テゴラぁ……上ばっか見て、どうしたんだよ?」
「あっ……ご、ごめんね」
そして、しばらく彼を見つめていた彼女は、今一度勇気を振り絞った。
「——ルキ君!」
何度もつまずき、何度も傷ついて。
ようやくたどり着いた、この瞬間。
「これ……!」
テゴラは震える両手で、想いを込めて編み続けた贈り物を、そっと彼へ差し出した。
「これって……俺にくれるのか?」
俯いたまま、彼女はゆっくりと頷く。
その手に添えられていたのは、緑色に輝く一本の紐。
——想いの紐。
この国で、大切な相手への好意を伝えるために贈られる、特別な品だった。
「おお……ありがとな——テゴラ」
紐を受け取るその一瞬、ルキの手がそっと彼女の手に触れる。
そして——。
「俺——本当にうれしいよ!」
彼は歓喜の声を上げていた。
「そ、そう……⁉︎」
予想もしなかった彼の反応に、テゴラの胸は大きく高鳴る。
さらに勇気を振り絞り、小さく口を開いた。
「よ、よかったら……つけて、みてよ」
飛び上がりたい気持ちを必死に抑えながら、両頬を押さえて顔を背ける。
こんなにも喜んでくれるのなら、もっと早く渡せばよかった。
そんな後悔さえ、自然と笑みに変わっていた。
「——これでよし……どうだぁ!」
やがて、満足げな声に弾かれるように振り向くテゴラ。
しかし——。
「あれ? ルキ君……それ」
開いた口が塞がらなかった。
「あ、え……いや、それは、違……」
想いを結ぶための紐は、手首ではなく——彼が何より大切にするものへと結ばれていた。
「へへっ、似合ってるか? これ」
得意げに剣を掲げ、柄に結ばれた緑色の紐を見せびらかすルキ。
どうやら彼は、その紐を剣の柄を飾るための剣紐だと思い込んでいたらしい。
「武器屋で見たやつと同じだ! やっぱ男なら、剣ぐらいはかっこよくしないとな!」
緑色の紐を揺らしながら、ご機嫌そうに剣を振る彼には——その紐に込められた想いなど、知る由もなかった。
「あ、あはは……はぁ」
絶頂から一気に叩き落とされ、テゴラは再び肩を落とす。
けれど。
ふと顔を上げた先には、今日一番の笑顔があった。
「ルキ君ったら……」
あんなに嬉しそうな顔。
その笑顔を見ているうちに、不思議とテゴラの口元にも笑みが浮かぶ。
「……もう——バカ」
想いは伝わらなかった。
それでも、この紐はちゃんと彼の一番大切なものに結ばれている。
それだけで、今日ここまで頑張ってきた日々は、少しだけ報われたような気がした。
彼には伝わりませんでしたが、彼女の精一杯の勇気を幸運の女神が掬い上げてくれました。
ひとまずは、よかったねテゴラ!
お次は火曜日!!!
海の日を跨いだその日に、恋と共に編は終了いたします。
そして……。




