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エーテラリスの薫風 第一部 測れない魔法使い  作者: 裸単騎大佐
第三章 エーテラリス、国を駆ける
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七 国境の反乱

 リーヴィンから東北東、デルヴァ共和国との国境近くへ向かう道を、十数頭の馬が駆けていた。

 ラフィスの小隊だった。客員として騎士団に入って、最初の出動だった。

「報告では、賊の数は八十程度」ラフィスは、馬を並べる副官・ロドラに言った。「元軍人を中心に、流れの凶悪犯が合流している集団だそうだ」

 二十人に満たない小隊が八十程の賊を相手する、という選択をしたのはラフィスだった。

 本当であれば複数小隊の合同編成も検討される差だが、やはりそこは客員である故に、自分の力を示したかった。

 殿下とか自分のことを言っている者が居るが、私のことを知らない者にとっては、突然現れて小隊長の身分を掻っ攫って行ったよく分からない女である。

「近隣の村が、何度も被害を受けています。輸送隊が襲われたこともあって――これ以上、放置できない状況とのこと」

 ロドラが言った。二十代後半、ラフィスよりも少し上、引き締まった体格の男だった。


「八十のうち、私が五十を引き受ける」ラフィスは、続けた。「残りの三十は、小隊で対応してほしい。各班、連携して数で押されないように」

「ラフィス殿が、五十――」ロドラは一瞬、言葉を切った。そして、お手並み拝見という面持ちで「承知しました。小隊は、残りを」と言った。

 抵抗する者は斬っても良いという命令が出ていたが、ラフィスにとって迷う余地のある話ではなかった。これまでも、必要であれば命を奪うことを躊躇しなかった。特にシェリル達と出会ってからの五年は、そういう判断を、何度も積み重ねてきた時間だった。


 丘陵地帯が見えてきた。

 草地の中に、いくつかの古い建物が点在している。かつては牧場だったらしい施設が、賊の根城になっているようだった。

 建物の周りに、人影が見えた。十人、二十人――次々と、武器を持った男たちが姿を現した。

「来たぞ! 騎士団だ!」

 怒声が響いた。賊の集団が武器を構えて散開する。

「小隊、展開!」それに合わせてロドラが馬を止めて指示を出した。「ラフィス殿が指示された通り、東側の三十は小隊で! 西側は――」

 その時、ラフィスは、すでに馬を降りていた。

 西側、より人数の多い集団へ向かって、一人で丘を駆けて行く。

「ラフィス殿――!」

 ロドラが呼んだ声は、届かなかった。

 最初に向かってきたのは、斧を持った大柄な男だった。

「女が、一人で――!」

 男が、斧を振り上げたが次の瞬間、男は地面に倒れていた。

 ラフィスの剣が一閃。誰も、剣が振られた瞬間をはっきりと見ることができなかった。

「な――!」

 二人目、三人目が、同時に向かってきた。

 ラフィスは、剣を低く構えたまま、相手の間合いに踏み込んだ。風を切るような音が、二度。

 男たちの武器が、同時に手から離れて、地面に転がった。

 崩れ落ちる二人を背に、ラフィスはすでに、次の相手へ向かっていた。


 丘の上では、東側に展開した小隊が、賊の三十人と交戦を始めていた。怒声と、剣戟の音が響く。ロドラが指示を飛ばしながら、団員たちを動かしていた。

 それでも、ロドラの視線は、何度も西側へ向いた。

「す――」

 ロドラは、言葉を失っていた。

 西側、ラフィスが一人で向かった五十人の集団――その中で、何が起きているのか。一瞬見えただけで、目を疑った。

 ラフィスの動きには、無駄がなかった。剣を振るう動作の一つ一つが、最小限で、それでいて確実に相手を仕留めていく。それだけなら、ただの「強さ」だ。

 だが、ラフィスの動きには、それ以上の何かがあった。

 風に揺れる髪。剣を振るうたびに、布地が流れるように動く。一人を倒し、次の相手に向き直る瞬間の、体の運び方。

 戦いの中にいながら、その動きには不思議な美しさがあった。

 まるで、剣がラフィスの身体の一部であるかのように。

「すげぇ……」

 ロドラの口から、小さく声が漏れた。すぐに、目の前の戦闘に意識を戻す。「――っと、こっちもやるぞ! 数なら俺たちでも対応できる!」

 東側の三十人は、小隊の連携で、徐々に数を減らしていった。一対一では苦戦する場面もあったが、複数で囲み、確実に制圧していく。


 西側では、ラフィスが、止まらなかった。

 一人、二人、三人――倒れる賊の数が、増えていく。剣を振るう速度は、落ちることがなかった。むしろ、戦いの中で、体の動きが滑らかになっていくようだった。

 数分のうちに、西側で立っている賊の数は、十数名になっていた。

 その時、奥の建物から、一人の男が姿を現した。

 他の賊たちより、一回り体格が大きい。鎧の上から、毛皮の外套を羽織っている。手には、大剣を持っていた。


「お前ら、何やってる!」男は、怒鳴った。

 それから、ラフィスを見た。「――お前か。一人で、よくここまで暴れたものだな」

「あの男はガロウ・ベルダン――元エレシア軍の、中隊長クラスだったはずだ」

 ガロウは、大剣を構えた。

「俺は、お前みたいな小娘に、やられるつもりはない」

 ラフィスは、何も言わなかった。剣を構え直し、ガロウとの距離を詰めた。

 最初の一撃は、ガロウの大剣の方が、重かった。

 受け止めたラフィスの体が、わずかに後ろへ流れた。

「ほう」ガロウが、口元を歪めた。「思ったより、本物のようだな」

 二撃目。三撃目。

 ガロウの大剣は、重く、速かった。

 しかしラフィスはそれを流麗に受け、的確に流しながら、距離を測っていた。


 十合程打ち合った後、一瞬ラフィスの足がわずかに乱れた。

 ガロウの大剣が、その隙を突くように、振り下ろされた。

 丘の上で、誰かが息を呑んだ。

 だが――ラフィスの体は、すでに、その軌道の外にあった。

 大剣が空を切った瞬間、ラフィスは身を低くし、ガロウの懐に入り込んでいた。

 剣が、一度、光った。

「はぁっ!!」

 ラフィスの短い叫びの後、ガロウの大剣が両断され、地面に落ちた。

 ガロウは、何が起きたかわからない、という顔をしていたが、次の瞬間ラフィスの剣が、ガロウの首筋に当てられていた。


「……終わりだ」


 ガロウは、剣を失った腕を、だらりと下げた。膝から、地面に崩れ落ちた。

 西側で残っていた賊たちが、武器を捨て始めた。東側も、ほぼ同時に、制圧が完了していた。

 戦闘は、終わった。

 ロドラと小隊の団員たちが、ラフィスのもとへ駆け寄ってきた。

「ラフィス殿――! ご無事ですか!」

「問題ない」

 ラフィスは、剣を鞘に収めながら、答えた。息は、わずかに上がっている程度だった。

 ロドラは、倒れている賊たちと、ラフィスの顔を、何度も見比べた。

「五十人を――ほぼ、お一人で」ロドラは、声を震わせていた。「これが客員様の、ラフィス殿下の――実力か……」

 そんな硬い表情のロドラを見て「東側は問題なかったか」とラフィスは聞いた。

「は、はい! こちらも、全員制圧しました!」

「よかった」とラフィスは言った。「投降した者は引き渡す。残りの処理は、頼む」

「は――はい!」

 団員たちが、慌てて動き始めた。捕縛、確認、報告――一気に、丘の上が騒がしくなった。

 ラフィスは、その様子を、少し離れた場所から見ていた。

 剣を握る手に、まだ、わずかに熱が残っている。

 ――これくらいの相手なら、まだ問題ない。

 冬の終わりにドルヴェナ岬へ向かう。そこで待っているものは、今日のような相手とは、比べものにならないかもしれない。


 リーヴィンへの帰り道、馬を並べながら、ロドラが言った。

「そういえば――少し前、カデア樹海で、狼の死体が多数見つかったという報告がありました。かなりの数で、討伐したのが何者か、師団内でも話題になっていて」

「それは」ラフィスは、少し考えた。「私たちが通った時のことだと思う」

「やはり、それもラフィス殿が一人で――」

 ここまで聞くと、ラフィスは首を横に振った。

「いや、あれは、さすがに私一人では無理だった」

「ということは――その場には、他にも?」

「いた」ラフィスは、少し誇らしげに言った。「私なんか、問題にならないくらい強い仲間がいる」

 ロドラは、目を見開いた。

「ラフィス殿より、強い――?」

「ああ」

 ラフィスは、それ以上の説明はしなかった。

 だが、その口元には、隠しきれない笑みがあった。


 ロドラは、改めて、隣で馬を走らせるラフィスを見た。

 風になびく髪、整った横顔、馬上でも崩れない姿勢。今日の戦いを見た後では、その一つ一つに、これまでとは違う印象があった。

 ――強いって、こういうことなんだな。

 視線が、つい、ラフィスの身体の線を追ってしまっていることに、ロドラは少し遅れて気づいた。

「あ――いえ、失礼しました」

「いい」ラフィスは、軽く言った。「見たいなら、見ていい」

「は――?」

 ラフィスは、前を向いたまま、小さく笑っていた。今日の戦いの後で、機嫌が良かった。

 ロドラは、何と返せばいいかわからず、ただ、もう一度前を向いた。

 馬の足音が、夕暮れの道に響いていた。


――


 その頃、帝都ヴォルテナ。

 軍総帥府の最上階、執務室に、ガルデウスはいた。

 帝国軍総帥。陸軍省と魔法省、両方を統括する立場にある男だった。

「ヴァッサンが、数日前から行方不明だと?」ガルデウスは、報告に来た副官に向かって言った。

「はい。ヴァッサン司令官の部屋には誰もおらず、行き先を知る者もいません。最後に目撃されたのは、数日前――帝都を発つ準備をしていた、という話があります」

「帝都を発つ?」

「目的地は、わかりません」

 ガルデウスは、椅子の背にもたれた。ヴァッサンの直情的な性格は軍の中でも知られていた。

 何か衝動的に動いたにしては、期間が長い。

「面倒なことになったな」

 司令官の一人が、無断で姿を消す。それだけでも、組織としては問題だ。しかも、もし皇帝の耳に入れば、軍全体の管理体制に疑いの目が向く。

「何の目的で、どこに行った――」ガルデウスは、こめかみを押さえた。


 そこで、ふと、思い出した。

「そういえば」ガルデウスは、副官を見た。「少し前、ヴァッサンの部下から――『始末する』という言葉を聞いた、という話があったな」

「ああ――はい。陸軍省の若い将校が、そんなことを話していたと」

「始末、というのは――誰を、だ?」

 副官は、首を振った。

「そこまでは――わかりません」

 ガルデウスは、しばらく黙っていた。

 ヴァッサンが姿を消したことと、その「始末する」という言葉。二つが、繋がっているのかどうか。

「調べろ」ガルデウスは言った。「ヴァッサンの最近の動き――何に苛立っていたか、誰の話をしていたか。全部、洗い出せ」

「承知しました」

 一礼の後、副官が執務室を出ていった。

 ――何の目的で、誰を「始末」しに、どこへ行ったのか。

 ガルデウスの中に、漠然とした、嫌な予感だけが残っていた。


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