二 受付嬢募集
目抜き通りにはロズウェルにはなかった種類の店が並んでいた。
アノリスは、昨日通りかかったときから気になっていた店の前に立った。「魔法アクセサリー ヴェリオール」という看板が出ている。
小さな店だが、ショーウィンドウには石の入った装飾品がいくつも並んでいた。
「お、開いてる」
アノリスは店に入った。
中は明るかった。ガラスケースの中に、指輪やペンダント、髪飾りが整然と並んでいる。どれも小さな石がついていて、光の角度で色が変わるものもあった。
「いらっしゃいませ」
店員の女性が声をかけてきた。
「見ていい?」
「もちろんです。お気軽にどうぞ」
アノリスはケースを順に見ていった。可愛い、と思うものがいくつもあった。ロズウェルではこういう店をゆっくり見る時間がなかった。
その中で、目が止まった。
紅いペンダント。小さな石が、深い紅色をしている。チェーンは細い銀色。
この色――紅淑館で着ていたドレスの色だ。
「これ、見せてもらえる?」
「こちらですか。どうぞ」
店員がケースから取り出して、アノリスの手に乗せた。石を傾けると、光が中で揺れた。
「この石は、何か魔力が入ってる?」
「ええ、少し感応石が使われています。微量の魔力をため込む性質があって、つけている人の気分に合わせてうっすら光ることがあるんです。とはいえ、効果としては気休め程度で――基本的には、装飾品として楽しんでいただくものですね」
「へぇー、綺麗っ」
アノリスはペンダントを首にかけてみた。鏡を覗き込む。
紅い石が、鎖骨のあたりで小さく光を反射していた。
「キマってるじゃん、私」
アノリスは満足げに笑った。
「これ、買います」
「ありがとうございます」
会計を済ませて、店を出る。早速ペンダントを首にかけてみた。豊かな胸元にまた花が咲いたようだった。
――後でラフィ姉にも教えよ。あぁ見えて凄くオシャレに詳しいんだよね。
そんなことを考えながら、アノリスは表通りに入った。そろそろ仕事を探しに行っておく。
近くの酒場に入った。昼時で、人がそこそこ入っている。アノリスは隅の席に座って、軽食を注文した。
壁際に、求人の張り紙がいくつも貼られている掲示板があった。アノリスは食事を待ちながら、何となく目を走らせた。
荷運び、清掃、商店の店員――よくある求人ばかりだった。ただ、都市の規模が規模だけに数は多かった。
その中に、一枚、目を引く紙があった。
『受付嬢募集 月華亭
条件:魔法使い 中級クラス六(限定)
待遇:応相談(要面接)』
アノリスは目を二度、その紙に向けた。
――クラス六限定?
受付の求人で魔法使いを条件にしているだけでも変だが、「以上」でも「以下」でもなく、ぴたりとクラス六を指定している。
アノリスの等級は、まさにその中級クラス六だった。
――なんでこんな限定されてんの?
アノリスは店員を呼んだ。
「ねえ、これってどういう求人?」掲示板の紙を指して聞いた。「受付なのに、クラス限定って書いてあるの、なんか変じゃない?」
求人係らしい中年の男が、軽く首を傾げた。
「月華亭ですか。さあ、分からんですねぇ。時々向こうから求人の紙を持ってくるんですよ。条件は毎回違うんですが、今回はクラス六限定、と」男は紙を見ながら言った。
「奇妙な求人でしょう。受付に魔法使いを置く店なんて、聞いたことがないですし、ましてピンポイントで等級を指定してくるなんて」
アノリスはもう少し突っ込んで聞いた。自分がやるかは別にしても、純粋な興味があった。
「中級の上位術者が受付やる店って、何なんだろう」
「さあ。月華亭自体が、ちょっと特別な店なんで」男は声を少し落とした。「リーヴィンでも一番の――名前くらいは聞いたことありませんか」
アノリスは首を傾げた。
「ここに昨日着いたばかりだから知らない。どんな店なの?」
男は少し笑った。
「説明が難しいんですが――まあ、女の人たちが、すごく綺麗で、その――胸も大きくて、あぁお嬢さんも大きいなぁ――そういう人たちが揃っている店で。男の客を相手に、いろいろと、もてなすというか――」
アノリスは黙って聞いていた、が情報を整理していくうちに何かに気が付く。
――綺麗で、胸が大きい女性が、男の人の相手をする。
――それって……それって。
アノリスの中で、何かが急に像を結んだ。紅淑館のサーヤやミシュエルの姿が、自然と思い浮かんだ。あの店の、奥にいた女性たちのことを思い出した。
月華亭というのは、つまり――あれの、もっと大きい版ということだろうか。
「私、クラス六だけど」
アノリスは紙を見つめたまま、半分独り言のように言った。
「お、条件には合ってますね」男は意外そうな顔をした。「興味あるなら、面接に行ってみたらいいんじゃないですか。月華亭は中央通りの北側、貴族街に近いところにありますよ」
アノリスは紙を見つめた。
クラス六限定――確かに自分の等級だ。条件には、ぴたりと合っている。
受付の仕事は紅淑館でもやっていたし、向いている自覚もある。それに、リーヴィンでの仕事はまだ決めていない。
ただ、何かが落ち着かなかった。
じっとしていられない、という感覚だった。あの店が、一体どういう場所なのか。なぜ自分の等級が、ぴたりと指定されているのか。
――でも、何だろう。
アノリスはペンダントの石に軽く触れた。紅い光が、昼の店内でも小さく揺れていた。
酒場で紹介状を書いてもらって、アノリスはそのまま中央通りの北側へ向かった。
貴族街に近いというだけあって、通りの雰囲気が変わった。建物の作りが一つ一つ大きい。塀の高さも、門構えも、これまで見た商店とは違う。
しばらく歩くと、その建物が見えた。
アノリスは、足を止めた。
大きい。紅淑館も決して小さくはなかったが、それより一回り、いや二回りは大きい。正面の柱は石造りで、彫刻が施されている。窓には色つきのガラスが嵌まっていて、昼の光を受けて何色にも見える。庭には噴水まであった。
――これ、やっぱり娼館……だよね?
荘厳という言葉が、ぴたりと当てはまる建物だった。教会か、貴族の屋敷かと言われた方が納得できる。
これは金がかかっている。アノリスには建築の知識はなかったが、それでもわかる。この規模の建物を維持するだけで、相当な金額が動いているはずだ。
夕方からの店なのだろう。正面の門は閉まっていて、人の出入りもない。営業している雰囲気ではなかった。
アノリスは、紹介状を握り直した。
――これ、自分、来るところ間違えてないかな。
紅淑館の受付として働いていたことは、自分の中では普通のことだった。だが、この建物を前にすると、その普通さが急に頼りなく思えてきた。身分不相応、という言葉が頭に浮かんだ。
それでも、せっかく来たのだから。
アノリスは正面まで歩いて、扉の前に立った。大きな扉に、控えめなノッカーがついている。
「ごめんくださーい」
アノリスは扉を叩いた。声が思ったより響いた。慌てて少し小さくした。
「すみません、誰かいますか?」
しばらく、応答がなかった。やっぱり営業時間じゃないのか、と思って引き返そうとしたとき、扉の脇の小さな通用口が開いた。
出てきたのは、一人の女性だった。
三十代前半くらい。髪は艶のある黒で、緩く纏められている。身につけているものは、派手ではないが、明らかに上質な生地だった。立ち姿が綺麗で、所作の一つ一つに無駄がない。
そして、美しかった。
受付や経営者というより――アノリスの目には、むしろこの人自身が、店の中で接客に出ているのではないか、と思わせる雰囲気があった。一目で「この人が一番上の人だ」とわかるような、纏う空気の重みがあった。
「あら」と女性は言った。視線が、アノリスの手元の紙に落ちた。「もしかして、紹介状?」
「あ、はい」アノリスは紙を差し出した。「酒場の方から――求人を見て」
女性は紙を受け取って、目を通した。それから、ゆっくりとアノリスを見た。
頭から足先まで、一度。
それから、もう一度、アノリスの顔を見た。
「あなた、お名前は?」
「アノリスです。アノリス・アリアシスト」
女性の表情が、わずかに動いた。確認するような、それでいて何かが収まったような、静かな反応だった。
「私はセレナ。月華亭の女主人をしています」
セレナは紹介状をもう一度見た。それから、懐から別の手紙を取り出した。封が開いている。差出人の名前を、アノリスはちらりと見た。
ロズウェル通信局のサイン。
そして、マリア、と書いてあった。
「ロズウェルのマリアさんから、お手紙をいただいているの」とセレナは言った。「あなたのこと」
アノリスは目を見開いた。
「マリアさんが――?」
「ええ」セレナは微笑んだ。「立ち話もなんだから、入ってもらえる? まだ開店前だけど」
セレナが扉を引いた。
アノリスは、もう一度建物を見上げた。それから、紹介状をしまって、中へ足を踏み入れた。




