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エーテラリスの薫風 第一部 測れない魔法使い  作者: 裸単騎大佐
第三章 エーテラリス、国を駆ける
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二 受付嬢募集

 目抜き通りにはロズウェルにはなかった種類の店が並んでいた。

 アノリスは、昨日通りかかったときから気になっていた店の前に立った。「魔法アクセサリー ヴェリオール」という看板が出ている。

 小さな店だが、ショーウィンドウには石の入った装飾品がいくつも並んでいた。

「お、開いてる」

 アノリスは店に入った。


 中は明るかった。ガラスケースの中に、指輪やペンダント、髪飾りが整然と並んでいる。どれも小さな石がついていて、光の角度で色が変わるものもあった。

「いらっしゃいませ」

 店員の女性が声をかけてきた。

「見ていい?」

「もちろんです。お気軽にどうぞ」

 アノリスはケースを順に見ていった。可愛い、と思うものがいくつもあった。ロズウェルではこういう店をゆっくり見る時間がなかった。

 その中で、目が止まった。

 紅いペンダント。小さな石が、深い紅色をしている。チェーンは細い銀色。

 この色――紅淑館で着ていたドレスの色だ。

「これ、見せてもらえる?」

「こちらですか。どうぞ」

 店員がケースから取り出して、アノリスの手に乗せた。石を傾けると、光が中で揺れた。

「この石は、何か魔力が入ってる?」

「ええ、少し感応石が使われています。微量の魔力をため込む性質があって、つけている人の気分に合わせてうっすら光ることがあるんです。とはいえ、効果としては気休め程度で――基本的には、装飾品として楽しんでいただくものですね」

「へぇー、綺麗っ」

 アノリスはペンダントを首にかけてみた。鏡を覗き込む。

 紅い石が、鎖骨のあたりで小さく光を反射していた。

「キマってるじゃん、私」

 アノリスは満足げに笑った。

「これ、買います」

「ありがとうございます」

 会計を済ませて、店を出る。早速ペンダントを首にかけてみた。豊かな胸元にまた花が咲いたようだった。

 ――後でラフィ姉にも教えよ。あぁ見えて凄くオシャレに詳しいんだよね。

 そんなことを考えながら、アノリスは表通りに入った。そろそろ仕事を探しに行っておく。

 近くの酒場に入った。昼時で、人がそこそこ入っている。アノリスは隅の席に座って、軽食を注文した。

 壁際に、求人の張り紙がいくつも貼られている掲示板があった。アノリスは食事を待ちながら、何となく目を走らせた。

 荷運び、清掃、商店の店員――よくある求人ばかりだった。ただ、都市の規模が規模だけに数は多かった。

 その中に、一枚、目を引く紙があった。


『受付嬢募集 月華亭

 条件:魔法使い 中級クラス六(限定)

 待遇:応相談(要面接)』


 アノリスは目を二度、その紙に向けた。

 ――クラス六限定?

 受付の求人で魔法使いを条件にしているだけでも変だが、「以上」でも「以下」でもなく、ぴたりとクラス六を指定している。

 アノリスの等級は、まさにその中級クラス六だった。

 ――なんでこんな限定されてんの?


 アノリスは店員を呼んだ。

「ねえ、これってどういう求人?」掲示板の紙を指して聞いた。「受付なのに、クラス限定って書いてあるの、なんか変じゃない?」

 求人係らしい中年の男が、軽く首を傾げた。

「月華亭ですか。さあ、分からんですねぇ。時々向こうから求人の紙を持ってくるんですよ。条件は毎回違うんですが、今回はクラス六限定、と」男は紙を見ながら言った。

「奇妙な求人でしょう。受付に魔法使いを置く店なんて、聞いたことがないですし、ましてピンポイントで等級を指定してくるなんて」

 アノリスはもう少し突っ込んで聞いた。自分がやるかは別にしても、純粋な興味があった。

「中級の上位術者が受付やる店って、何なんだろう」

「さあ。月華亭自体が、ちょっと特別な店なんで」男は声を少し落とした。「リーヴィンでも一番の――名前くらいは聞いたことありませんか」

 アノリスは首を傾げた。

「ここに昨日着いたばかりだから知らない。どんな店なの?」

 男は少し笑った。

「説明が難しいんですが――まあ、女の人たちが、すごく綺麗で、その――胸も大きくて、あぁお嬢さんも大きいなぁ――そういう人たちが揃っている店で。男の客を相手に、いろいろと、もてなすというか――」

 アノリスは黙って聞いていた、が情報を整理していくうちに何かに気が付く。


 ――綺麗で、胸が大きい女性が、男の人の相手をする。

 ――それって……それって。


 アノリスの中で、何かが急に像を結んだ。紅淑館のサーヤやミシュエルの姿が、自然と思い浮かんだ。あの店の、奥にいた女性たちのことを思い出した。

 月華亭というのは、つまり――あれの、もっと大きい版ということだろうか。

 「私、クラス六だけど」

 アノリスは紙を見つめたまま、半分独り言のように言った。

「お、条件には合ってますね」男は意外そうな顔をした。「興味あるなら、面接に行ってみたらいいんじゃないですか。月華亭は中央通りの北側、貴族街に近いところにありますよ」

 アノリスは紙を見つめた。

 クラス六限定――確かに自分の等級だ。条件には、ぴたりと合っている。

 受付の仕事は紅淑館でもやっていたし、向いている自覚もある。それに、リーヴィンでの仕事はまだ決めていない。

 ただ、何かが落ち着かなかった。

 じっとしていられない、という感覚だった。あの店が、一体どういう場所なのか。なぜ自分の等級が、ぴたりと指定されているのか。

 ――でも、何だろう。

 アノリスはペンダントの石に軽く触れた。紅い光が、昼の店内でも小さく揺れていた。

 酒場で紹介状を書いてもらって、アノリスはそのまま中央通りの北側へ向かった。


 貴族街に近いというだけあって、通りの雰囲気が変わった。建物の作りが一つ一つ大きい。塀の高さも、門構えも、これまで見た商店とは違う。

 しばらく歩くと、その建物が見えた。

 アノリスは、足を止めた。

 大きい。紅淑館も決して小さくはなかったが、それより一回り、いや二回りは大きい。正面の柱は石造りで、彫刻が施されている。窓には色つきのガラスが嵌まっていて、昼の光を受けて何色にも見える。庭には噴水まであった。

 ――これ、やっぱり娼館……だよね?

 荘厳という言葉が、ぴたりと当てはまる建物だった。教会か、貴族の屋敷かと言われた方が納得できる。

 これは金がかかっている。アノリスには建築の知識はなかったが、それでもわかる。この規模の建物を維持するだけで、相当な金額が動いているはずだ。

 夕方からの店なのだろう。正面の門は閉まっていて、人の出入りもない。営業している雰囲気ではなかった。

 アノリスは、紹介状を握り直した。

 ――これ、自分、来るところ間違えてないかな。


 紅淑館の受付として働いていたことは、自分の中では普通のことだった。だが、この建物を前にすると、その普通さが急に頼りなく思えてきた。身分不相応、という言葉が頭に浮かんだ。

 それでも、せっかく来たのだから。

 アノリスは正面まで歩いて、扉の前に立った。大きな扉に、控えめなノッカーがついている。

「ごめんくださーい」

 アノリスは扉を叩いた。声が思ったより響いた。慌てて少し小さくした。

「すみません、誰かいますか?」

 しばらく、応答がなかった。やっぱり営業時間じゃないのか、と思って引き返そうとしたとき、扉の脇の小さな通用口が開いた。

 出てきたのは、一人の女性だった。

 三十代前半くらい。髪は艶のある黒で、緩く纏められている。身につけているものは、派手ではないが、明らかに上質な生地だった。立ち姿が綺麗で、所作の一つ一つに無駄がない。


 そして、美しかった。


 受付や経営者というより――アノリスの目には、むしろこの人自身が、店の中で接客に出ているのではないか、と思わせる雰囲気があった。一目で「この人が一番上の人だ」とわかるような、纏う空気の重みがあった。

「あら」と女性は言った。視線が、アノリスの手元の紙に落ちた。「もしかして、紹介状?」

「あ、はい」アノリスは紙を差し出した。「酒場の方から――求人を見て」

 女性は紙を受け取って、目を通した。それから、ゆっくりとアノリスを見た。

 頭から足先まで、一度。

 それから、もう一度、アノリスの顔を見た。

「あなた、お名前は?」

「アノリスです。アノリス・アリアシスト」


 女性の表情が、わずかに動いた。確認するような、それでいて何かが収まったような、静かな反応だった。

「私はセレナ。月華亭の女主人をしています」

 セレナは紹介状をもう一度見た。それから、懐から別の手紙を取り出した。封が開いている。差出人の名前を、アノリスはちらりと見た。


 ロズウェル通信局のサイン。

 そして、マリア、と書いてあった。


「ロズウェルのマリアさんから、お手紙をいただいているの」とセレナは言った。「あなたのこと」

 アノリスは目を見開いた。

「マリアさんが――?」

「ええ」セレナは微笑んだ。「立ち話もなんだから、入ってもらえる? まだ開店前だけど」

 セレナが扉を引いた。

 アノリスは、もう一度建物を見上げた。それから、紹介状をしまって、中へ足を踏み入れた。

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