第九話
「てめェの変化ってのは魔法じゃねのな」
「そうですね〜。ボクの変化は狐専用の妖術――えーっと、魔法の一種です」
「狐専用ね。通りでてめェのそれが読めねェ訳だ」
埃を取り一旦綺麗になった椅子にアンリーナは座った状態で、『アンリーナ』としての演技を脱ぎ捨てた状態で部屋の掃除をしているシロコに話しかけた。時たまアンリーナは魔法覚書手帳に書かれた魔法詠唱文、効果、魔力消費量に目を通す。――先程の会話通り手帳にはシロコの変化に関する情報は一切乗っていない。
今のシロコの姿は先程の白髪に黄金色の瞳を持った長身の男性――ではなく、子供に見えるほど小さくなっていた。長身の男性姿で身につけていた和服は執事服へと変わり、見習い執事のようにせっせと部屋中を箒や雑巾、水を使い綺麗にしていく。ベランダにはベッドのカバーとマットレスが干されていた。
「なァ掃除魔法使わねェの?」
「使いませんよ〜だって一瞬で綺麗にするより、念入りに綺麗にした方が気分がよくなるし達成感があってとってもいい!」
「お前の感性はどうでもいいが、ぜってェ魔法使った方がいい。外見ろよ、暗いぞ。俺が寝る時どうすんだよ」
「就寝までには間に合わせます。暇でしたら学園内を散策しては? ご主人様の化けた性格なら散策するでしょう?」
「なんで分かんだよ。てめェと俺は今日会ったばっかりだろうが。キッショクワル~イ!!!」
「心読めちゃうからわかってしまうですよね〜」
「それさっき聞いたわ」
先程教えられたシロコの能力。他者の心が読める――ただし主人のみ。使い道があるのかないのか分からないその能力にアンリーナは不快感を抱く。
(心が読まれんのマジで気持ちワリィ……)
はぁ。ため息がアンリーナの口から漏れ出た。対するシロコは瞳をキラキラと光らせ、かすかに鼻歌を歌っていた。「掃除楽しいのか?」とアンリーナは思ってしまう。
「……はー……心読めるなら他のやつも読めるようにしとけよ。つまんねェなお前」
「えー! それはリダー様に言ってくださいよぉ〜。それはそれとして、ご主人様はつまらなーいボクと違って面白いですよね!」
「ア? 何がだよ」
箒を動かす手を止めシロコはアンリーナに視線を向け、笑顔を浮かべる。
「偽って、偽って、真実に気づかない。気づけない。――分からない」
「……ハァ? 何、言ってんだお前」
「あー!!! これはまだ言うべきことじゃなかったー!!! あーシロコさん!! やってしまいましたねぇ!!」
「ハァ??」
突拍子もない発言にアンリーナは眉間に皺を寄せ首を傾げた。途端シロコはわざとらしく感情の篭っていない声で誤魔化し始めた。どう聞いても何かを誤魔化そうとしている声色に「化けるの得意なのに誤魔化のは下手か??」と困惑しつつも、彼に冷めた視線を送った。
「まあそんなことより、椅子に座って手帳見てるだけなら、散策しに行ってはどうでしょう?」
「おいさっきの話はなんだ」
「散策したくありません??」
「いや……お前、どれだけ散策進めるんだよ。そんなに外に行ってほしいのかよ」
「いや〜正直に言いますとね。掃除の邪魔です」
ケラケラと外行けコールをしてくるシロコにアンリーナは深く息を吐き、部屋の外へ向かう。
「はぁーーお前本当つまらねェな」
「ごめんなさーい! ご主人様。代わりにお料理お風呂お掃除全部やっておきますから〜!!」
「サボったら潰す」
「キャー! コワーイ!!!」
シロコを見ることなく圧がかかった声を出すが、シロコは怯える様子も恐怖する様子もなくわざとらしく悲鳴を上げた。自由人――自由獣すぎるシロコにアンリーナは頭痛がしているような錯覚をしてしまう。そこに頭痛の原因であるシロコがアンリーナに向かって言葉を連ねていく。
「ちなみにご主人様とボクのリンクは繋がってますので何かあれば呼んでくださいな〜すぐ駆けつけます」
「はいはい」
「あとご主人様と話していたアルノエルも今散策してますよ。会いに行っては?」
「なんでノエルの事知ってんだよ。てめェその時いなかっただろうが」
シロコが召喚されたあと、アンリーナはアルノエルと出会っていない。だというのにシロコはアルノエルの名を口にした。――心が読まれたのかもしれない。そう思い至るが――
「リダー様」
「あ~はいはいはいはいクソ役立たず女神ね」
返ってきた返事はまさかの女神の名。アンリーナは投げやりげに言葉を発し、親指を下に向けた。そねかまま部屋から出て扉を勢い良く閉めよう――としてハッと何かに気づいたかのようにゆっくり扉を閉めた。――どうやら勢い良く扉を閉めるのは『アンリーナ』らしくない行為のようだ。
「あの一瞬で化けるの本当凄いですね~」
扉が閉まる直前に見えた柔らかな笑みにシロコは感心した様子で呟いた。




