第三十話
決闘開始から少し時間は巻き戻り、アンリーナが会場でアルノエルの口説きで悶えていた頃。
「ついに、ついに、ついに!!! あの女を殺せる時間がやってきた!!!」
フィーリアはアンリーナとの決闘に興奮し、身を震わせていた。彼女の表情はどこにも正気がなく、ケラケラと、嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
決闘相手である59番。それがアンリーナであるとフィーリアは確信していた。それはアルノエルが彼女を口説いていた時近くにいたから確信を持てていたなどではなく、フィーリアは最初から春の決闘祭最後の相手はアンリーナだと分かっていた。
「殺して、殺して、滅茶苦茶にして! 主人公はアタシになるの!!」
正気ではない発言を何度も何度も繰り返し叫び笑い続ける。焦点の合わない光のない黒い瞳で、震え、叫び、笑い、歓喜に震える。それからフィーリアは自身の隣——誰もいない場所に向かって歪な笑みを浮かべる。
「頑張ろうね? ——ロイ」
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「——始め!!」
決闘開始の合図が会場に鳴り響いた直後、アンリーナはフィーリアから距離を取った。それから彼女、彼女の周囲を目を凝らし観察を行い――気づく。
(やっぱり……魔法を使ってない)
何もせず決闘に勝利していたフィーリア。何もせずに勝てるだなんてありえないだろ、何か仕掛けがあるはずだ。と思ったアンリーナは、二戦目以降会場全体が見える位置に移動し、フィーリアの決闘を隈なく、見落とさないように観察した――結果、フィーリアは”何もしていない”という情報だけが手に入った。魔法を使っている様子も、対戦相手に何かを仕込んでいた様子もなく、彼女は何もしていなかった。ただ会場に立っていた。それだけであった。
フィーリアは何もしていない――であるならば、彼女の召喚獣が何かをしたと考えるのが道理であろう。アンリーナはそこまで考え、情報を”フィーリア”ではなく、”フィーリアの召喚獣”へと変更した。……したのだが。
これまた可笑しなことに、召喚獣の情報を一つも手に入れることが出来なかった。
召喚儀式で召喚獣を見たであろう審査員に読心魔法を自身に付与した状態で聞けば――『無価値なお前に教えることはない』と冷めた返答のあと、読心魔法がアンリーナの脳裏に審査員の心の内を明かした。
『そういえば、あの嬢ちゃんが召喚した奴って何だったっけなあ。歳か? 思い出せねぇ』
思い出せない――そんなことあるかァ? と目の前の審査員に不満を覚えたあと、他の審査員にも聞いてみるか、と読心魔法を付与した状態で二人目、三人目と聞いて回ったが、皆同様に「思い出せない」と心に溢していた。そこでアンリーナは異常なことが起きていると察し、人ではなく書類等から情報を得ようと透明化魔法を付与し、夜な夜な資料室に忍び込みフィーリアの書類を漁ったのだが、フィーリアに関する書類は何一つとして見つかることはなかった。
これまでの決闘同様に、行動を起こさないフィーリア。何もしていない――だというのに何故かアンリーナは彼女に恐怖を覚えていた。今すぐにでも逃げてしまいたい感情が湧き出る。
(相手はただの人間だぞ)
闇に身を堕とされた自身ならまだしも、フィーリアは闇に関わっているような人間には見えない。精々悪止まり――その気になれば正しき道に戻れる程度。そうアンリーナは思っているのに、どうしてかフィーリアがもう戻れない所まで来ているような気がして仕方がない。
(たった数ヵ月で、ここまで堕ちるか?)
たらり、とアンリーナの頬を汗が伝う。迂闊に行動すれば殺られる――そんな推測をたてる。そうして互いに行動を起こさず五分が経過した頃。
「アタシ、決めてたのよ」
「……? 何が」
フィーリアが行動を起こした。正気とは思えない満面の笑みで、フィーリアは両手を自身の胸元へもっていく。
「彼を見せるのは、アンタが最初って」
「……彼?」
(彼ってなんだよ)
恍惚な表情を浮かべフィーリアは胸元をぎゅっと両手で握りしめる。そして真っ黒に染まった瞳でアンリーナを一瞥したかと思えば――
「出ておいで――」
(彼って……召喚獣か!)
フィーリアがこれから起こすであろう行動を察知し、アンリーナは警戒態勢を取る。
両手を空に向け広げ、目をこれでもかと開き自身の召喚獣の名を口にする。
「————ルシファー」




