issue#02 I I I UNDERTALE CHAPTER 01 04
そのとき、テラリアキングがくつろいだ調子で会話に割って入る。
「……ああそうだ!支払いは別に現物でも構わん。んでもって、“誠意”と“実行力”のバランスは好きにしたらいい。1月後にすべてが上手くいってりゃ、こっちはそれでいいんだからな?」
石のテーブルを囲む一同の間には、なおも緊張が残りつつも、どこか妙に間の抜けた空気が漂いはじめる。青白いシャカゾンビの頭蓋骨は、内心の動揺を必死に抑え込みながら、威厳だけを無理やり貼り付けるように黙していた。
彼は、静物のように身じろぎもせず、しばし思案に沈んでいた。
やがて、地底人たちがぼちぼち席を立ち始めた頃――その絶妙な間隙を突いて、
骸骨は台座の上で下顎を跳ね上げ、声に重みを帯びさせてこう切り出した。
「現物でも構わないのなら……たとえば、“情報”はどうだ。中には価値のあるものもあるはずだ。
……たとえば、オールラウンダーが娘を持ち、そのガキどもがヒーローとして活動を始めた……などという話は?」
だが、テラリアキングは腕を組み、鼻先で乾いた笑いを洩らす。
「お前がそいつらに負けたってことまでこっちはバッチリ突き止めてる。つまり、その情報の買い取り価格は、なんと驚きの0ドルだぁ……」
鷲鼻の下に揺れる髭が、満足気に微かに震えた。
その余裕に、周囲のメタルスラッグ・ライダーたちも小さく失笑を交わす。
だがシャカゾンビも黙ってはいない。
2500年の年輪を背負った彼は、瞬時に気勢を立て直し、声を切らさず応酬する。
「いや――それに加えて、オールラウンダーとその娘たちが、すでに貴様を標的の一角として捉えているという情報を、わがテラー・スクワッドの諜報網が掴んでいる。
もし吾輩が奴らを事前に討てていたならば、決して世に出ることはなかったはずの情報だ。
その点においては、いささか忸怩たる思いを禁じ得ぬが。……詳細が知りたければ、それに見合う“額”を掲示することだな」
その声音には、交渉の主導権だけは手放すまいとする、亡者の執念がこもっていた。
テラー・スクワッドのボスが、地底人の王を相手に口八丁の大立ち回りを繰り広げていた、そのちょうど裏手――大広間の奥、魔法陣がうっすらと浮かぶ床を擁した薄暗いコンピュータルームでは、カーディBが慌ただしくキーボードを叩いていた。
「……ヤマ張っといて正解だったぜ!ボスが情報を切り札に使うのなんて毎度のことだからな!
どうせまた、ありえねぇヨタを並べるだろうと思ってよ、こっちはその前に、でっち上げレポートをゼロから用意してんだよ!」
モニターに向かい、羽根でマウスを器用につまみ上げながら、焦りに満ちた声が漏れる。
「――でもダメだ!間に合わねぇ、間に合わねぇっっ!!……チクショウ、ここのグラフはAIに丸投げ、証拠写真は拾い物、とにかく中身はからっぽでも見栄えだけはよくしとけ!」
冷や汗が首元を伝う中、画面いっぱいにフリーフォントで“CONFIDENTIAL”のスタンプを叩きつけて、
「ボス、レポートは“3秒後”に出来ます!――いや、もう出来た体でいけ!」
そう息巻きながら、カーディBはUSBメモリをクチバシで引き抜くと、
焦燥に駆られた羽音を響かせつつ、大広間へと舞い戻っていった。
「これがその情報だ!――内容は保証するぅ!」
首を振りながら吐き捨てるように、USBメモリを石のテーブルに投げ置く。
テラリアキングはそれを無言で拾い上げると、隣に控える部下へ雑に手渡した。
受け取った手下は、それを地底製のタブレットへ素早く挿入する。
石製の筐体の背面には、とろろ昆布めいた精密な溝が走っていて、
機械は、まるで技術の古代と未来を混交させたようなもののように見えた。
ローブの胸元をほのかに照らす青白い光の中、部下はしばらくのあいだ黙々と検分を続け、やがて特に異を唱えることもなく頷いた。
それを視界の端で捉えたテラリアキングは、ふてぶてしく足を組み直し、腰に差したスパナをカチャリと鳴らす。
「……はは、いいだろ!『10億ドル』で買ってやろ」
その瞬間、石のテーブルの上には奇妙な静寂が降り立ち、取引成立を告げる電子音がひときわ孤独に響いた。
カーディBは小さく羽を跳ね上げ、シャカゾンビも思わず声を重ねる。
「「本当か!?」」
「1月で1000億ドルを稼ぐ勢いがある奴にとっちゃ、10億ドルなんてモン誤差だろうしな!」
そう言ってテラリアキングは、拳をテーブルにどんと置き、豪快に笑い飛ばした。
その言葉に、石椅子を囲むテラリアンたちもどっと沸く。
胸をなで下ろしたカーディBは、地底人たちの視線の届かぬ背面――そこの羽毛を一斉に逆立てる。
自分がでっち上げたレポートがはたして本当に役に立つのか、
それはすくなくとも今この場において、誰にも知る術がなかった。
「じゃ、今日のところはここまでだ。1週間に1回は連絡を寄越せよ……期待してるぜ!」
テラリアキングの号令とともに、地底人の軍勢は直管エンジンの轟音と砂煙をまき散らしながら、
みずからの手で大地に刻んだ荒野を逆流していく。
その川のように長大な列は、地平線の彼方にぽっかりと口を開けた巨大な闇の穴へと、ことごとく収まっていった。
……やがて、場には再び静寂が戻る。
その沈黙を破ったのは、カーディBだった。
「……まずいことになりましたね、ボス」
「まったくだ。これは我が人生における、確実に“第3の危機”よ――」
さすがのシャカゾンビも、この時ばかりは本気で落ち込んだ様子を見せる。
「ウルジクスタンでオールラウンダーに本気で滅ぼされかけたとき、
そして……奴の娘に“新鮮な海底暮らし”を強いられた時以来のな。
あれはもう願い下げだ。深海のよくわからんサメに鼻を齧られ、塩水で脳天がスースーする暮らしなんぞ、2度とゴメンだ」
「でもボス、今回ばかりは冗談になりませんよ? 借金取りなんて地上だけでも手ごわいのに、地底からも追ってくるなんて……」
プロディジーが不安げにぼやく。
「金、どうすんだよ……オレら、汗水たらして真面目に働くとか絶対無理だぜ?」
ハヴォックも腕を組み、頭を抱えた。
「そうだな……今は、とにかくカネの算段を立てねばならん」
シャカゾンビは思案顔をつくりながらも、すでに内心では次の1手を固めている。
(……しかし、一概にこの状況も悪いとは言えまい。たったひとつの機転で、
ガキどもと地底人の潰し合う芽が生まれたのだからな。
今はむしろ、『災い転じて福となす』と考えておくべきだろう)
その時ふと、彼はカーディBの方へ目をやり、ごく僅かな眼差しの変化で合図を送る。
カラスは即座にその意図を察し、ちいさく頷いた。
「まさかボス、地道に働くとか言い出さないですよね……?」
プロディジーが皿を覗き込みつつ尋ね、
「それができりゃ、こんな山奥で世捨て人なんてやってないっての!」
ハヴォックが投げやりに吐き捨て、
「ねぇ、どうするんです?」
カーディBも、場の空気に乗りつつ不安を口にする。
シャカゾンビは、ひと呼吸おいてから静かに応じた。
「なに、答えは至って簡単だ。
この世界には、吾輩たちのような無法者だけに許された『禁断の選択肢』がある。
つまり――すでにその額を持っている連中から、根こそぎ奪い取ってしまえばよいのだ――」
そして、忌々しさとほのかな愉悦を帯びた声音で、しゃれこうべの身を小さく揺らす。
「……幸い、1人のビリオネアとは比較的容易に接触が可能だ。
吾輩がかつて仕えた国家――ウルジクスタンの元大統領、イスマイル・トゥラベコフ。その長男カリムよ。
奴は司法取引に応じたことで一族の中で唯一逮捕を免れ、今や石油利権で贅を尽くす身となったが、
人間としては、正直なところ『スカタン』、『ボンクラ』――、
西側の諜報機関に『うっかり供述し忘れた』秘密をちらつかせてやれば、すぐにでも交渉の場を用意させられよう」
「まーたろくでもない計画だな……」
カーディBが翼を腕のように組んで、呆れ声をこぼす。
「なるほどな、さすがボス!」
プロディジーが快哉を上げ、
「……じゃあ、さっそく電話を!」
ハヴォックが広間の片隅にある通信台から受話器をつまみ上げ、駆け寄ってくる。
カバの獣人が手にすれば、そのごつく肉厚な掌のなか、人間用の白い電話機など玩具にしか見えない。
ハヴォックはそれをシャカゾンビの眼前に差し出し、どこか待ちきれない様子で言葉を継いだ。
「……さあボス、かけ時と見たら、迷わず一発いきましょう!」
石の広間には、一瞬だけ緊張と期待が交錯する。
シャカゾンビは仰向けに置かれた受話器をじっと見つめ、場の空気をじわりと噛みしめたのち、口を開いた。
「……よし、始めるとしよう。吾輩たちの大博打をな。
ファーストベットから、ひとつの敗北も許されぬこの特別なゲームを……」
その宣言とともに、乾いたコール音が石の広間に響き渡る。
闇と光の交錯する空間で、無法者たちの新たなる賭けが、静かに幕を開けた。




