Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 05 13
彼女たちはいずれも超人であるだけに、潜水力も常人の域をはるかに超えていた。
だが、広大な深海を背景にすると、その泳ぎでさえ退屈なほど進みの遅いバタ足にしか映らない。
口元から1筋ずつ泡を吐き出しながら、2人は今も横へと推進し続ける全長150mの巨大な影、すなわち北の原子力潜水艦へと、静かに、静かに相対速度を合わせながら幅を寄せる。
やがて、黒々とした上部の構造物へ確実に取りついた。
「――」
スヌープキャットが、ハッチとはまるで無関係な装甲板へ狙いを定め、水の抵抗など無視して右の拳を大きく引き絞る。
全身のバネを乗せた鉄拳を、そのまま真っ直ぐに叩き込んだ。
――ゴガァァァンッ!!
深海の重圧を切り裂く破砕音。強固な鋼鉄の装甲は紙のようにひしゃげ、真下に大穴が開く。
白く泡立って雪崩れ込む大量の海水に乗じ、彼女は船内の狭いグレーチングの上に両足で重々しく着地した。
1拍置いて、ミーティスも同じところへ滑り込むように舞い降りる。
彼女は、頭から降り注ぐ塩水の滝を鬱陶しがって小走りで抜け出した。
手首をひるがえして素早く札を取り出すと、その紙片を湯気のように優雅に宙へ立ち上らせ、
開いたばかりの大穴の流入口へピタリと貼り付けた。
すると、激しい水の流れは嘘のように収まり、通路は機械の音だけが支配する元の静かな場所に戻った。
壁面を覆うぶ厚い灰色の鉄板は、薄暗い蛍光灯の光を受けて鈍く底光りし、その表面には無数の水滴が張り付いている。
見上げれば、太さの異なる配管が血管のように這い回り、むき出しになった計器類のガラス面が明滅するランプの光を反射していた。
足元に敷き詰められた金属のグレーチングは、彼女たちが体重を預けるたびにかすかにたわんで摩擦音を吐き出し、その網目の下の暗がりへと水滴が落ちていく。四角く口を開けた空調ダクトの奥からは、冷たい空気が白く靄がかって流れ出し、通路の奥へと吹き抜けていった。
そこに、重苦しい音を立てて分厚い気密ドアが開かれる。
「えっ――」
巡回中の兵士は、突如目の前に現れた異様な光景に、ライフルを構えることすら忘れて両目を見開いた。
そのコンマ数秒の隙を逃すはずもなく、スヌープキャットは、足元のグレーチングを蹴り砕くほどのバネで一気に間合いを詰める。
視認すら困難な速度で懐へ潜り込むや否や、反射的に手首をひねり、軽やかな裏拳を横なぐりに放った。
――ドゴォッ!!
加減がなければ、最新鋭の主力戦車さえもアルミ缶のようにひしゃげさせる一撃である。
兵士の体は防弾チョッキごと無抵抗に弾き飛ばされ、灰色の鉄壁に背中を激しく打ちつけると、
そのまま糸の切れた操り人形のごとく床へドサリと崩れ落ちた。
次の瞬間には完全に意識を手放し、通路はみたび元の静けさを取り戻した。
「……あっ、ごめんなさい!」
自身の反射的な対応が何をもたらしたか――壁にもたれかかるその姿を認識した途端、
スヌープキャットとミーティスの顔からから、一斉に血の気が引いた。
先ほどまでの流れるような戦士の動きはどこへやら、2人は顔を見合わせ、手を取り合って子供のようにあわあわと震えだす。
「やっちゃった! どうしよう、どうしよう!」
スヌープキャットが頭を抱えてパニックに陥る横で、ミーティスは必死に状況を立て直そうとしていた。
「違うよ、まずは脈だよ! 脈を測らないと!」
そう叫びながら、彼女はひしゃげた防弾チョッキの胸元へ強引に耳を押し当てる。
「さな、手首だよ。そこじゃ測れないって」
「あっ、そっか!」
戦闘の緊迫ではない、まったく予想だにしなかった形での大騒ぎ。
敵の原子力潜水艦のど真ん中で彼女たちを襲ったのは、理科室のビーカーを割ってしまった
中学生と似たような焦燥だった。
「よかった、生きてる……!」ミーティスは心の底から安堵の息を漏らすと、床に片膝をつき、
気絶した兵士へ向けて自身の掌から柔らかな紫の光を放射した。
とはいえ、ここで完全に目を覚まされては再び殴り倒す2度手間になるため、
施すのはあくまで「生命に別状はないが、当分はぐっすり眠り続ける程度」という、
きわめて器用で都合の良い塩梅のヒーリングである。
「……いこっか」
スヌープキャットが気まずそうに声をかけると、ミーティスもまた神妙な顔つきで深く頷いた。
「うん。……なるべく傷つけない方法にしないと」
罪悪感に背中を丸めたふたりは、とぼとぼとした足取りで通路の奥へ進んでいく。
「何か案ある?」
その最中、スヌープキャットが首をかしげれば、ミーティスは、自身がこれから引き起こす「惨状」を先読みして、はやくも憂鬱そうなため息を漏らした。
「うん……でも、これも気が引けるやり方だよ」
それでも、任務を完遂するためには避けて通れぬ道。
彼女は気怠げにパーカーの長い袖を揺らし、すばやく呪符の束を指の間に挟み込んだ。
その華奢な手首に鋭いスナップが効き、優美な指先が、あくまでためらいがちに、申し訳程度に前へと放たれる。
だが、見るがいい。そのひどく控えめな初動に対して、もたらされた結果はあきらかに度が過ぎるものである。
あどけない手遊びのごとき些細な動きとは、到底結び付けがたいほどの莫大な札が、乾いた和紙の摩擦音を幾重にも響かせながら、雪崩となって薄暗い通路の奥へ一気に吐き出されていったのだ。




