Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 05 12
「……まさか実戦ではじめて動かす飛行機が北朝鮮のになるなんて……!こんなの思ってもみなかったよ!
でもやっぱりちょっと……人の物を盗るのってウチ気が引けるナァ――」
……スヌープキャットが操縦桿を巧みに操り、日本軍との乱戦に乗じて奪い取った北のジェットを、荒れる海上すれすれに滑らせる。銀色の機体には、キャノピーのすぐ外に赤く大きな星章――北朝鮮機特有のマーキングが鮮々と浮かび上がっていた。
「今さらでしょ!後でちゃんと返せばいいんだよ!」
ミーティスは相方の緊張を解きほぐすように笑い、後席から軽快に応じる。
彼女たちにとって戦場の爆炎と喧騒は遠くに置き去りにしてきた幻影であり、
そのかわりに、機体の振動とジェットエンジンの唸りが、戦闘の核心に2人を引き留め続けている。
コクピットのコンソールには、暗号化された文字列が淡く点滅していた。
その通信履歴には、『KILO-7、状況確認。出港座標を再送せよ』『了解、現在座標は××―××』と、北側の符丁を駆使した短いやりとりが何度か交差する。
潜水艦からかすかに発信されたESM信号、戦術データリンクを介した偽の質疑応答、そして断片的に連なる幾重もの情報――それらすべてが織りなす証拠の糸が、暗号「KILO-7」の座標がこの海域に位置することを高らかに謡っていた。
「……でも日本軍との戦いが始まったら、いそいで港を出るだろうっていうウチの予想は大当たりだったね!友軍として現在地を把握しておきたいって通信飛ばしたら、潜水艦すぐ現在地を教えてくれたんだもん!」
スヌープキャットが意気揚々と報告すると、後部座席のミーティスが首をかしげて問い返す。
「でもさ、通信の『符丁』――?とかはどうやってわかったの?あるんでしょそういうの」
問いに、獣人の少女は得意げな笑みを浮かべて指をひと振り。
「……いいかいさなくん!大事なのはね、普段から知識を集めておくことなんだヨ!」
「なるほど、せんせぇしゅんごーい!」
その即答に、ことに幼児がかった声を出したミーティスは、目を丸くして拍手を送った。
「……よし来た!ここまでのやり取りから考えると大体このあたりの海域だね。……もーさっそく取り掛かってもよさそ!」
「おっけまーる!」
さなきだに低空を飛んでいた哨戒機は、まるで空気の滑り台を下りるようにしていよいよ波間にアプローチする。
ザザアアァアァ……!
機体が水面にタッチダウンすると、波濤はその衝撃を柔らかに受け止め、きらめく飛沫を帯びて両側へ大きく押し流された。
キャノピーが跳ね上がり、外気がなだれ込む。ミーティスは身を乗り出すと、
両手で包み込んだ符――それ自体の力で不可思議に自立する1枚の符を高く掲げ、空へ自然に解き放った。
打ち上げ花火の星のように空中をくねり続けたその札は、ある時急角度でUターンし、
「ちゃぷん……!」という、とても優しげな音とともに海中へと突入していく。
*
ミーティスの五感をそっくり受け止めて、孤独な潜航を始めた霊札――「耳目符」は、
オタマジャクシよりも激しく身をくねらせながら、どんな小魚よりも速やかに、暗い水中をすり抜けていく。
札は「耳目」の名を負うが反映される感覚はそれだけにとどまらず、周囲の水の流れ、潜水艦がかき分ける圧力、微細なソナー音波にまで全神経が研ぎ澄まされると、その情報までがミーティスの意識中枢にダイレクトに流れ込む。
――その刹那、ミーティスの意識は水面下の異物に突き当たる。
「……いた!」
風が吹きすさぶ操縦席で、白髪のかわいい道士がぱっと目を見開き、息を呑んだ。
「どこぉ!?」
スヌープキャットは、戦闘機の縁に足をかけ、身を乗り出している。片手を離せば、即座に水へと身を投げ出す体勢だ。
「……あっち!」
耳目符から感覚が鮮烈に逆流するのを合図に、ミーティスが示した先――
姉妹は呼吸を合わせてキャノピーをまたぎ、ためらいなく海中へと身を投じた。
身体が水面を割った瞬間、世界の色が変わる。光は急激に蒼さを増し、すべての音が遠のく。
まるで別次元に落ちたかのように、波のざわめきと共に視界が静謐に染め変わる。
深度を増すごとに景色は青黒く沈み――そこには、忌まわしいまでの膨らみを帯びた黒い潜水艦の姿が、まるで海底の影そのもののように横たわっていた。
ふたりの個性的なシルエットは泡の尾を引き、鋼鉄の闇に向かって音もなく近づいていく……。




