Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 05 05
灰色の雲に覆われた空と同じ色調を湛える海原で、いま、日本海軍の演習が粛然と開始された。
護衛艦「ひさめ」の艦橋では、戦術ディスプレイが青白い光を放ち、オペレーターたちのタッチパネルの操作がほとんど無音のままリズムを刻む。
「対艦ミサイル演習、目標補足完了。発射準備、整いました」
射撃管制士官の声が、暗号化された通信リンク越しに響く。
「照準確認、レンジ・ファインダー同期完了」
電子戦オペレーターが、ヘッドセットに映るデータを確認しながら報告する。
「目標、廃棄貨物船。距離12000m、方位163、捕捉安定!」
航海士が遠望スコープを覗き、海の彼方で揺れる廃船のシルエットを捉える。錆びついた外板と崩れかけた甲板構造、腐食で剥がれた白塗りの船体が、起伏のない波間に、孤独に浮かんでいる。
「発射許可を要請」
射撃管制士官が、艦長のコウロキ大佐に視線を向ける。
「許可する。第1射、発射!」
コウロキ艦長の声は、低く断定的だった。重いスイッチが切り替わり、甲板の垂直発射システム(VLS)から対艦ミサイルが咆哮を上げ、白煙を噴きながら曇天を裂く。艦橋に振動が響き、装甲壁が軋んだ。
「誘導追尾中。目標接近、残距離1,000m……500……!」
レーダースクリーンのマーカーが点滅し、隊員たちの呼吸が一瞬止まる。次の瞬間、遠くの廃船の甲板に火花が立ち、爆風が、腐食した鉄板を吹き飛ばす。
黒煙と炎が薄い霧ににじんだ。
「……命中確認!目標破壊!」
艦橋に安堵の吐息がみじかく漏れた。ディスプレイには、廃船の残骸が炎に包まれ、音もなく海底へ沈む映像が映し出されている。だが、そんな成功の余韻もすぐに消えた。
「第2射、目標補足!発射準備完了!」
射撃管制士官の声が、緊張感をこの艦橋に引き戻したからである。
「発射!」
再びミサイルが甲板を蹴り、白煙の尾を引いて霧を突き進む。友軍艦「たかなみ」「いかづち」などからも同時射撃が行われ、複数のミサイルの軌跡が曇天に交錯する。
海面を滑る艦影が、隊形を維持しながら進む中、晴れ切らない空は白熱の光で一瞬染まる。
「落下物、着水確認!全弾命中!」
通信士官の報告に、艦橋の照明がわずかに明るさを増す。隊員たちの表情に、達成感が一瞬だけ宿る。
モニターには、廃船の残骸が黒煙を上げながら崩れ落ちる映像が繰り返し再生される。
「……全艦、つづけて第3射撃フェーズを実行せよ!」
しらぬいのCIC(戦闘情報中枢)から発せられるフクダ准将の熱い指令が、暗号化された通信網に脈々と浸透していく。各艦の垂直発射システムがまた作動し、ミサイルが目標座標にロック。
J-TDL-40(J戦術リンク40)が僚艦とデータを同期し、新しい廃棄貨物船を捕捉した。
「射撃諸元入力済!発射準備完了!」
ひさめでは射撃管制士官が戦術卓でコウロキ大佐にそう報告する。
「発射許可!」
大佐は断言し、VLSが唸る。ミサイルが閃光を放ち、薄雲を突き抜け目標へ急行する。ホロディスプレイにもまもなくその軌道が反映され、
CICに昂揚が満ちる。
その刹那――、
「……レーダー探知!高空より未確認航空機、急速接近!」
電子戦オペレーターの急な叫びが艦橋を端から端まで駆け抜けた。
「IFF応答なし!識別不明、敵味方不明!」
別の隊員が、ホロディスプレイに映る異常な機影を指差す。
「スクリーンに投影しろ!」
しらぬいでは、准将の命令が、にわかに沸き起こった切迫感の中で響く。
メインディスプレイに、薄霧の帳を抜けて迫る異質な影が浮かび上がる。光学迷彩の揺らぎを纏ったその機体は、もったいぶるかのように、その姿を徐々にあらわにする。
新幹線のような流線型の胴体に、本来は全翼機に与えられる非常に大きな翼――通常の航空機とはかなり異なる巨大な機影が曇天を引き裂いて低空に突入してくる。
その推進音は通常のジェットエンジンとは異なり、甲高い金属音が艦隊上空に不穏な余韻を残している。
「全艦、対空警戒態勢!CIWSをスタンバイ!」
ひさめではコウロキ艦長の即断で艦橋の空気が張り詰めた。
隊員たちがコンソールに手を走らせ、近接防御システムのレーダーが高速回転を始める。霧の向こうで、未確認機の赤い航行灯が不気味に点滅していた。
「全艦、演習行動中止! 戦闘配備に移行!」
しらぬいのCICより、艦隊司令官の命令が全艦に伝達される。戦術ディスプレイが警戒色に染まり、警報音が艦内に鳴り響く。隊員たちの呼吸が硬く止まった。




