issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 04 20
さっきから瞳の奥で揺れていたものの正体は、おそらくそれだった。
だが火は灯りきる前に消え、彼女はまた、あの日の続きへと帰っていく。
生まれたばかりの我が子を腕に抱き、名もなき赤子の体温を頬で確かめながら――目の前に立つ本物の娘たちを、善意の他人として、微笑みながら素通りしている。
悲鳴を上げる者は、いなかった。この部屋で流れている血は、誰の目にも映らない。
忘却よりも精密に。忘却よりも深く。母の愛が完全な形で残っているからこそ――その刃は、
4人の喉元だけを、正確に抉った。
後ろで一部始終を見ていた警察官が、ようやく声を発した。
「……えっ。いや……どういう、ことです……?」
調書を持つ手が小刻みに震えている。紙の端が、かさかさと乾いた音を立てた。
自分がたった今この目で見たものと、手元の書類に記された証言。
そのふたつの間に横たわる断崖を、どうしても処理しきれずにいる顔だった。無理もない。
その調書の文字は、他ならぬ本人が、ほんの少し前に書き取ったばかりのものなのだ。
インクも乾ききらぬうちに、そこへ記された人物は、もうどこにもいなくなっていた。
「あの……母は――」
おせちが振り返った。声が掠れ、喉仏が震える。この数週間で骨身に染みついてしまった、
頭を下げるための姿勢を取りかけて、途中でやめた。
「――認知症の、症状が出ていまして」
「認知症……?いや、そんなはずは」
警察官は調書のページをめくり、尊の顔を見て、また書類へ目を落とした。
1度、2度――何度も。だが、いくら往復したところで、視線の橋はどこにも架からない。
「ついさっきまで、しっかりとお話しされていたんですよ?……ここに、この通りに」
震える指先が、調書の1行を叩いた。4人が、同時に息を呑んだ。
「ご自身のお名前も。娘さんたちが『カルテット・マジコ』だということも。ご自宅の電話番号だって、メモも見ずに、そらで暗唱されました」
警察官はそこで言葉を切り、選ぶように間を置いた。
「それどころか――『娘たちに迷惑をかけてしまった、早く帰りたい』と。反省も、されておりました。
……お嬢さんたちがいらっしゃるのを、それはもう、楽しみに待っておられたんですが……」




