issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 04 17
「母ちゃんっ!」
痺れを切らしたのは、アシュリーだった。弾かれたように駆け寄り、
両肩を掴み、強引にこちらへ振り向かせた。
「わたしだよ!アシュリーだよ!ほら、私の顔、ちゃんと見ろって!」
尊は、アシュリーの顔を正面から見た。じっと。まばたきもせず、数秒。
その数秒のあいだ、アシュリーは呼吸を忘れていた。心臓が跳ねる。瞳の奥に、
何かが灯ったように見えたのだ。
「……あぁ」
「わかるか!?なあ、私がわかるか!?」
「お前さん、ちょっと手を貸してはくれぬか」
尊は柔らかく微笑み、棚の方を指差した。
「毛布がな――使わぬ布団はまとめて、母屋の大座敷に置いておってな。
この子らを寝かせてやりたいんじゃ。すまんが、持ってきてはくれんかの。
こんな冷たい床の上では、風邪をひいてしまう」
母屋の、大座敷。
彼女の目は、蛍光灯とスチール棚しかないこの部屋の向こうに、住み慣れた寺の廊下と、
その先の続き間を見ている。押し入れの位置ひとつまで、あの家の間取りのままに。
灯ったのは、認識ではなかった。
尊はアシュリーの顔を見ていた。たしかに、見ていた。だがその目に映っていたのは、
「たまたま居合わせた、親切そうな大人」だった。この子らに毛布をかけてくれそうな、
善意の通りすがり。用が済めば名も訊かれず、それきり記憶にも残らぬ端役――それが今、
アシュリーに割り振られた配役のすべてだった。
アシュリーの手が、尊の肩の上で震えた。
離せなくなっていた。掌の中の肩は、記憶にあるどの日よりも小さい。そ
れでも、離したら最後、2度と掴めない気がした。
「……なんじゃ、泣いておるのか」
尊が首を傾げ、頬へ手を伸ばしてくる。指先が涙を受け止め、丁寧に拭った。爪の先が肌に触れない、
あの角度。幼い日、転んで泣きじゃくるアシュリーの頬を拭いたのと、寸分違わぬ手つきだった。
拭われるそばから、新しい涙が指を追い越していく。
「まあ、存分に泣くといい。赤子なんぞ、泣くのが仕事のようなもんじゃからのう」
大人の涙を拭う手と赤子をあやす言葉。ふたつの時間が彼女の中で混ざり合ったまま、
平然と同居していた。尊はそう言い残すとくるりと踵を返し、4人のもとへちょこちょこと戻っていく。




