issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 04 09
彼女は、音もなく踵を返した。
気づかれてはならない。聞いたと知られれば、あの優しい娘たちは、
今夜の言葉のすべてを飲み込んで、また笑って重荷を担ぎ直そうとするだろう。
それだけは、させてはならない。
かつて戦場で幾万の敵の目を欺いた足運びで、亡霊のように廊下を渡り――尊は逃げるように、
冷えきった寝室の闇の中へと、その身を溶かしていった。
*
翌朝。土曜日。 昨夜の重苦しい空気を引きずったまま、
遅めの朝食をとろうとリビングに集まった4人は、ある異変に気づく。
いつまで経っても、尊が起きてこない。いつもなら早起きして、
横庭の池を呆けたように眺めている時間だ。
「……起こしてくる」
胸騒ぎを覚えたアシュリーが立ち上がり、足早に廊下を渡る。荒々しく障子を開け放つが、
はたして、そこはもぬけの殻だった。ベッドのシーツは冷たく、
そして痛々しいほど几帳面に整えられている。書き置きの1つもなかったが、
状況は火を見るよりも明らかだ。昨夜の会話。彼女はあれを聞いてしまったのだ。
「いなかった……!」
戻ってきたアシュリーの青ざめた顔を見て、全員の血の気が引いた。
「まずい……家出したんだ」
おせちが、最悪の推論を口にする。
「昨日の話を……聞いてたんだよ!ウチらが、ママを邪魔者扱いしてるって……」
はちるは、取り返しのつかないことをしたかのように頭を抱え、ちゃぶ台に突っ伏した。
すぐに、4人は事態の深刻さを理解する。これは、普通の認知症の老人が徘徊したのとは訳が違う。
相手は尊だ。腐っても神であり、その身には人知を超えたエネルギーが休火山のように眠っている。
老いて理性が衰えたとはいえ、彼女が感情のままに「本気」を出して移動した場合、世の中にどういった破壊がもたらされるか想像もつかない。




