issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 04 08
アシュリーが腕の中に抱えていた「根性」や「愛情」という反論の種が、
現実という無情の風に吹かれて、ひと粒、またひと粒とこぼれ落ちていく。
介護とは、終わりの見えない総力戦だ。片手間で戦える戦場ではない。
ましてや、命を懸けたヒーロー活動との二正面作戦など――物理的に、不可能な領域だった。
「……もしも私たちの対応が遅れて、誰かが犠牲になったら?私たちと同じ思いをする家族が、どこかに生まれたら?あるいは……母さんの介護を理由に、出動そのものを断ったら?」
おせちは畳の1点を見つめたまま、仮定を1段ずつ積んでいく。
そして、その塔のてっぺんに、決定的なひと言を載せた。
「……それは、意識がはっきりしてた頃の母さんが、絶対に――絶対に、望まないことだと思う」
声が、わずかに震えた。ちゃぶ台の下で、彼女自身の手が固く握られていることに、
気づいた者はいない。これは他人を説き伏せる論ではない。
彼女が誰より説き伏せたくない自分自身へ向けた、身を切るような推論なのだった。
「ヒーローを続けてほしい、なんて高尚な話じゃないんだ。あの人は……自分の都合で娘の生き方が捻じ曲げられることだけは、死んでも許さない人だよ。自分の老後が枷になって、私たちがどこにも行けなくなる――あの人にとって、それ以上の悲しみなんて、たぶん、この世にないんだ」
「――!」
その言葉たちを、聞いてしまった者がいる。
廊下の暗がりに、尊が立っていた。
それは、壊れかけた精神の回路が起こした、あまりにも残酷な気まぐれだった。夜の徘徊の途中、
泥沼のような混濁の底から、その瞬間だけ意識が奇跡的に浮上し――半端な、覚醒を取り戻してしまったのだ。
冷えた廊下の板が、素足の裏に貼りつく。襖の隙間から漏れる細い明かりが、
廊下の闇に1本の線を引き、その向こうで娘たちの影が揺れている。漏れ聞こえてくる、
張り詰めた声、声、声。ふらりと足を止め、その深刻な響きへ何気なく耳を傾け――言葉の意味が、
ひとつ、またひとつと繋がって、やがて全体像を結んだ、その途端。
尊は、全身を杭で貫かれたような衝撃に、呼吸を忘れた。
(……わしが)
(わしが、あの子らの重荷になっておるあの子らの翼を、この老いた体が、縛りつけておる……)
その冷徹な事実は、老いの恐怖よりも、死の恐怖よりも、なお深いところへ突き立った。
鋭利な爪となって、残り少ない精神を抉り取っていく。そこにはもう、どんな自己肯定の感情も、
入り込む隙間はなかった。あるのはただ――自分が「存在してしまっている」ということ、
それ自体への、焼けつくような罪悪感だけ。




