issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 04 02
(……ああ)
と尊は悟った。これは、回復ではない。
嵐が上陸する直前の、あの不気味な凪。あるいは、燃え尽きる寸前の蝋燭が、
最後にひときわ高く掲げる炎。去りゆく者に、身辺を整理するだけの猶予を与える――死神の慈悲、
とでも呼ぶべき明晰さだった。
「……?」
そこで、ふと気が付いたこと。傍らで、何かが寝息を立てている。
視線を落とせば、布団のすぐ脇に丸まった猫――ではない。よくよく見ればそれは、重力にすっかり敗北し、スライムのように全形を崩した、ゲル状のピンク色の物体だった。4本の触手のうち前側を器用に折りたたんで枕とし、すうすうと規則正しい寝息を立てている。マクロブランクだ。
畳の上には、飲みかけの吸い飲みと、絞って干からびた手ぬぐいが置かれている。
彼は夜通し、こうして枕元に付き添ってくれていたのだ。
尊は皺ひとつない小さな手を伸ばし、剥き出しの大脳皮質を、起こさぬよう、そっと撫でた。
「かたじけないのう、マクロ……。そうじゃ、お前ももう、今では立派な家族じゃな……」
家族。その言葉を口にした途端、なすべきことが、朝の光と同じ明るさで見えた。
*
『……皆、ここへ来てくれ』
その声は、念話となって、朝のはちるの部屋を静かに駆け抜けた。
「――」
味噌汁の椀が、宙で止まる。箸が止まる。4人は互いの顔を見合わせた。今の声には、ここ数週間の幼児退行じみた甘えも、老いによるかすれも、ひとかけらも含まれていなかったからだ。むしろ、
往時よりもなお張りのある、凜と澄み渡った響き。それはまぎれもなく、
彼女たちが物心つく前から聞き続けてきた「母の声」だった。
だからこそ――嫌な予感がした。4人は申し合わせもなく席を立ち、何かに弾かれたように、
母の寝室へと急いだ。
「母さん……?調子、いいの?」
おせちが、おそるおそる襖を引く。
そこには、布団の上に正座し、背筋を1本の芯のようにピンと伸ばした尊が、鎮座していた。
身に纏うのは、就寝用の白無垢の長襦袢、ただ1枚。その白1色の1枚が、今日の彼女たちの瞳には、
単なる寝間着ではなく、「死に装束」そのものとして映り込んだ。




