Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 05 02
「まあお楽しみだ……ここだよ」
廊下の突き当たり、重厚な装飾の両開きの扉前で青年が足を止め、小声で告げる。柔らかな絨毯が足音を吸い込み、静寂が一層際立つ。
「心得た」
尊は小さくうなずき、肩にわずかな緊張を走らせる。
*
遮音扉が背後でしずかに閉じられ、空気の圧が場をへだてる。北朝鮮の将校服に身を包んだ壮年の男が、テーブルの向こうに立っていた。
肩の徽章が照明を反射し、潮の香りが室内にはただよう。かたわらには、あどけなさを残す少年が、父の袖を握りしめ、呼吸すら忘れたように固まっている。
男は一瞬、やわらかな眼差しを息子に向け、「行きなさい」と朝鮮の言葉でささやいた。少年は唇をむすび、名残惜しそうに振りかえりつつ、
警護の兵士に連れられて部屋を出る。扉が閉まる音が、ひくくひびいた。
将校は背筋を正し、尊に向き直って一礼をする。
「元朝鮮人民軍戦略軍司令、キョン・スンホ(慶承浩/경승호)です」
その声には、幾多の修羅場を乗り越えてきた重みが透けて見えた。
……朝鮮人民軍戦略軍とは、アメリカの「戦略軍」、ロシアの「戦略ロケット軍」、中国人民解放軍の「ロケット軍」に相当する組織であり、弾道ミサイルや、それに搭載される核兵器の運用を担う軍種のことをいう。
尊もまた、畏敬を込めて頭を下げる。
「はじめまして。わしは吉濱尊という者です。おそらくはオールラウンダーという名の方が通りがよいでしょうが――」
礼儀は簡潔だが、握手をけして筆頭の選択とはしない極東の人間同士の型がそこには潜み、瞬間、互いの歴史と覚悟がそこには深々と重なり合った。
「ええ、存じています」
船のかすかな揺れが、床を通じて2人の足元に伝わる。キョンは直立したまま、尊の言葉を待つ。
「あなたのことを、今回の国際間の緊張を解決できる生きた証拠と聞いてここまでやってきました。一体我々に向けどういった証言をしていただけるんですかの」
尊の声は穏やかだが、底に鋭い探りの針を隠している。
「先に、私と家族、そしてこの部隊全員の日本への亡命の確約を。こちらの条件はそれです」
キョンは一瞬目を細め、こう答えた。
ほんのすこし、眉をひそめた尊はハイムラに視線を送るが、彼は無言で見返すだけだった。廊下の遠くで一時、軍靴の音が気まぐれに響く。
やがて彼女は、置かれた状況を独力で理解し、口を開いた。
「……構いませぬ。北の国に関する他の機密情報を握れるという観点からも、日本は、今回の件を逃しはせんでしょう。ただ、そちらの証言は交渉のカードとして後で政府相手に直接使ってくだされ。今すぐ明け渡していただきたいのは、シャカゾンビとの接触の記録です」
「ええ、心得ています――」
キョンはデスクに手を置き、引き出しから小さなメモリを取り出し、尊に差し出す。2人の間に、みじかい視線の火花が散り、
「――オールラウンダーという方は、約束を破らぬ方だと聞いております」
という念押しの言葉を、彼はあわせて口にした。
「……かたじけない。細部は後で解析しますが、さしあたって全体像を口頭でお聞かせ願えますかな?」
尊はメモリを受け取り、目を離さず問うた。将軍は椅子に腰を下ろし、卓上の地図に指を滑らせる。紙がわずかに皺を寄せた。




