Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 05 01
CHAPTER 5
太平洋公海上、雲ひとつない空を1機の大型輸送ヘリが腹を見せて旋回している。陽光を受けた機体はくすんだ光を放ちながら、ゆっくりと円弧を描いていた。
はるか眼下では、1隻のメガヨットが静かに流れている。巨体に見合わぬ楚々とした水尾を引きながら、奥から手前へと斜めに航行していく。
白い船体が青い海面に映える光景は、まるで地中海を宣伝した映像のように美しかった。しかしこの船の進路は、誰にも容易には断定できなない。
なぜならここは、島影はおろか、霞む水平線さえも遠くぼやけるばかりの凪いだ海域――どこを向こうと、全方位が果てしない蒼色に閉ざされた場所だったからである。
ヨットには、甲板の一角にヘリポートまでが完備されており、この2040年代における
チヌークの後継機とも言うべき重量級のヘリコプターが、その上空へと威圧的な影を落としながら近づいていく。
プロペラの轟音が海面を細かく震わせ、
圧倒的な潮風が巻き起こす白い飛沫と共に、渦を巻くように混ざり合う。
やがて両者の速度がぴたりと重なったとき、熟練した操縦技術によってヘリの脚が緑色の甲板へと正確に降ろされる。
エンジン音が徐々にしずまる中、スライドドアが金属音を響かせながら滑るように開く。
その扉の奥から、海風に白い髪をなびかせながら、吉濱尊の端正な着物姿が静かに、そして威厳を纏って船上へと姿を現した。
船体が受ける波のうねりと、まだ鳴り止まぬプロペラの余韻が、束の間の緊張感をあたりに振りまいている。
「……1週間ぶりじゃの」
尊の声は穏やかだった。海風に揺れる白髪の間では、2本の角に集まった光が
せり上がるように走り、輪郭の片側を一瞬白く際立たせた。
「もうそんなに?」
出迎えた男、ハイムラはレーシングジャケット風の上下を身にまとっている。首筋には鍛錬の跡がはっきりと浮かぶが、全体像としてはいかついわけではなく、むしろ、どこか飄々とした雰囲気ばかりを漂わせていた。
彼の腰の上では、特異な形状のベルトが、昼の光をいっぱいに浮けて金属部を輝かせている。
変身型のヒーロー「エイペックス・ストライダー」として知られる男は、尊の盟友であり、この船の臨時案内役でもある。
「いやぁ、しかしこの船よ!証拠が手に入ったと聞いてすっ飛んで来たが、何かと思って驚いたぞ!お主のヒーロー稼業はこんなにも儲かるものなのか?」
「だったらいいんだけど、借り物なんだよな。だから壊さないでよ?」
ハイムラの口調は、未熟な俳優に要求された陽気さの演技のように軽々しさばかりが目立つが、
目は、年経た人のやたらな細め方で、船の重厚な構造を値踏みするように見回している。
彼は肩をすくめ、広大な海原を眺めながらこう続けた。
「でも、中に入ったらもっと驚く」
2人は簡潔に握手を交わし、船内へと進む。
白い大理石の廊下に足音が静かに響いていく。そこでは、カーキ色の軍服に身を包んだアジア人の兵士たちが、スリング付きのライフルを肩にかけ、無表情で要所に立哨している。彼らは表立って動かないが、つねに目線は、尊とハイムラの動きをしつこく追う。
船内の天井は高く、その設計は洗練されているが、調度品らしい調度品はなにもない。
かわりに、緑の弾薬箱やハングルが書かれたレーションの梱包が無造作に積まれ、またそれを運びこむのに使ったのだろう空の台車が停まっている。
広い窓の外には甲板で見たものとまるで同じ穏やかな海が広がるが、船内の空気はまるで研ぎ澄まされた刃のようだ。
「なるほど、ここにその証拠が保管されとるというわけか」
尊の声は低く、抑揚を抑えたものだった。
「直接の対面までは、俺からは何も言えない」
ハイムラは肩越しに兵士たちを一瞥し、小声で答える。2人は監視の目を縫うように、慎重に歩を進める。
「『対面』のう?ほう――」
尊はハイムラの言葉尻と船内の異様な雰囲気を瞬時に読み取り、「証拠」の正体に薄々見当をつける。




