issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 03 26
だが、その言葉は、けして音にはならなかった。
なってはならなかった。口にすれば、あの子たちの覚悟を、
まるごと侮辱することになる。
彼女は奥歯を噛み締めた。ぎり、と骨の軋む音が頭蓋に響く。そうして、
その軟弱な親心のすべてを、滲んだ血の味もろとも、腹の底へと呑み下した。
「……いいよ。近場までなら送ってやる」
そこへ、マツバラという男が現れる。廃墟の向こうから近づいてくるヘリコプターのローター音が、
みるみる圧を増し――呑み下しきれなかった未練の残りを、根こそぎかき消すように響き渡った。
「まずは1度家に戻って補給したいです。……お世話になります!」
おせちが、マツバラに向かって屈託のない笑顔を見せる。ついさっきまで瓦礫に埋もれていた娘の、
15歳の年相応の、あまりに純粋で、あまりに健気な笑顔。――だからこそ、それは尊の胸を、鋭利な刃物のように抉った。
(笑うな。……そんな顔で、死地へ向かうな)
ヘリコプターが浮上する。叩きつける爆風が、尊の着物の裾を激しく暴れさせた。
彼女は目も庇わず、ただ立ち尽くしたまま、遠ざかる機体を見上げ続ける。
……自分が、そうしたのだ。
あの子たちを「ヒーロー」にしてしまったのは、他の誰でもない。普通の少女として笑い、
恋をし、老いていくはずだったささやかな幸せを捨てさせ、
血と硝煙の道へと引きずり込んだのは――拾ったあの日、勝手に仙丹を含ませた、この自分なのだ。
その罪悪感と、いつか必ず来るかもしれぬ「喪失」の予感とが、砂嵐のように視界を覆い尽くしていく。
「……すまぬ。すまぬなぁ……」
絞り出された謝罪は、ローターの轟音にあっけなくかき消され、誰の耳にも届かない。
ただ、秋空の彼方へと消えていく小さな機影だけが、
いつまでも、いつまでも、彼女の網膜に焼き付いていた。
……夢が、終わる。
現在の尊は、閉じた瞼の隙間から、止めどなく涙を溢れさせていた。
あの頃から少しも見た目の変わらない、あどけない目尻。そこを伝った涙の筋が、
ひとつ、またひとつと、枕へ静かに染み込んでいく。
「……行くな……どこにも行くな……」
寝言のように、かすかな声が漏れた。
それは、あの日ついに言えなかった言葉が、ついに見つけた出口だったのか。
それとも――記憶という記憶が指の間からこぼれ落ちていく恐怖の中で、
遠ざかる娘たちの面影だけは手放すまいとする、魂の叫びだったのか。
目覚めの時が、近づいている。
だが、その瞼の先に待つ現実は、夢よりもなお残酷で――頼りない、深い霧の中に包まれていた。




