issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 03 23
「……はあ。左様で」
写真屋は狐につままれた顔のまま、やれやれと首を振った。
被写体がどれほど常識の外にいようと、シャッターを切るのが仕事である。
プロの矜持で気を取り直し、ふたたびファインダーへ――と、その矢先だった。
「ママ、ウチもきついよ。……ちょっとだけ、破っていい?」
「ならんならんならん!それは貸衣装じゃ!弁償する金など我が家のどこにもないぞ!」
はちるが心底憂鬱そうな顔で袖を引っ張るたび、縫い目がミチ、ミチ、と不穏な断末魔を上げる。
数えで7つにして庭石を放り投げる野生児にとって、体を締め付ける着物とは、装いではなく、
ただの拘束具でしかないのだろう。慌てて袖を押さえに走る尊。
その背後で、さらにもう1人が、静かに制御を失いかけていた。
「ねえ。わたし、浮いてたほうがいい?そのほうが背、高く見えるよ?」
「たわけ、地に足をつけよ!記念写真で空中浮遊する7歳児があるか!」
善意100%の顔でふわりと重力を手放し、つま先を浮かせかけたさなの裾を、
尊がすんでのところで掴んで引き戻す。畳の上ならまだしも、衆目とレンズの前である。
「……はいはーい、それじゃあ皆さん、笑ってくださいねえ。――ああ、お母さんも。
お母さんも、もうちょっと真ん中に寄って」
諦めと悟りの中間くらいの声に促され、尊は列の中央、娘たちの間へと身をねじ込んだ。
途端、四方から「家族」が押し寄せてくる。
右からはアシュリーの、着物越しにも分かる火鉢のような体温。左からはおせちの、
微動だにしない静かで確かな腕の感触。
前には、はちるが窮屈な着物ごと遠慮なくしがみついてくる重み。
そして背中には、さなが、こてん、と全信頼を預けて寄りかかってくる軽さ。
右も、左も、前も、後ろも。ふさがっていて、あたたかい。
(……なんとまあ)
ふと、尊の胸の奥に、名前を付けそこねるような熱がこみ上げた。
背丈はもう並ばれてしまった。この分では、追い抜かれるのも時間の問題だろう。
その身に眠る力は、ひとつ道を誤れば、世界そのものを滅ぼしかない。……だが。
四方の肌ごしに伝わってくるこの体温は、そんな理屈のいっさいを飛び越えて、
ただひとつの真実だけを雄弁に語っていた。
――この子らはまだ、庇護されるべき幼き者たちなのだ、と。
「撮りますよー。はい、チーズ!」
パシャッ。
乾いたシャッター音が、どこまでも高く澄んだ秋空へ吸い込まれていく。
焚かれたフラッシュの白い光が、
紅葉と、千歳飴と、5人ぶんの体温ごと――この時間を「永遠の一瞬」として、
フィルムの上へ焼き付けた。
のちに現像されたその写真の中で、彼女たちは、母と寸分変わらぬ背丈のまま、
生意気盛りの笑顔を咲かせている。
神と、神がこしらえた最強の娘たち。その5人が、
ほんのひと時だけ「普通の家族」を演じられた、奇跡のような1枚だった。




