issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 03 22
記憶の川は、またひとつ、別の瀬へと流れ着く。
季節はいくつも巡った。境内の木々が燃えるような赤と黄金に染まり、
散った葉が石畳を錦の絨毯に変える頃――娘たちの健やかな成長を神に感謝し、
祝う日。七五三である。もっともこの家の場合、感謝される側の神が、
感謝する側の親を兼ねているのだが。
「おい。きついんだけど、帯緩めていいか?」
アシュリーの不機嫌な声を、尊はあえて1度、聞こえなかったことにした。晴れの日である。
聞こえなかったことにすれば、晴れのまま進行するはずだった。だが、無視されたと悟った娘は、
腹式呼吸で、さらにドスの利いた声を張り上げる。
「聞いてんのかコラ。帯がきついっつってんだよ、ババア!」
「ババアではない!外聞というものがあろうが、せめて今日くらい『母上』と呼ばんか!」
尊は写真屋の方へ引きつった笑顔を向けたまま、首から下だけで娘に詰め寄り、剣呑な小声で叱りつけた。
本堂の前には、晴れ着に身を包んだ4人の娘たちが、騒々しくひしめき合っている。
艶やかな友禅染めの「四つ身」。結い上げられた髪に、揺れる飾り。手には千歳飴の長い袋。
それだけを切り取れば、絵に描いたように愛らしい、華やかな家族の祝図であった。
――それだけを、切り取れば。
三脚を据え、ファインダーを覗き込んでいた写真屋の老主人は、さきほどから、
どうにも納得しかねる様子で首を傾げ続けていた。構図の問題ではない。もっと根本的な、
算数の問題である。彼はついにレンズから目を離し、意を決した顔で尊に問いかけた。
「ええと……お母さん。念のための確認ですがね。
これ、本当に、お嬢ちゃんたちの……七五三、なんですか?」
「いかにも。わしが3000いくつか。んで、こやつらがみな数えで7つじゃ。……ほれ、千歳飴も持っておろうが」
尊は胸を張り、疑う余地なしとばかりに頷いてみせる。千歳飴は確かに、
動かぬ証拠として4本ぶら下がっている。
「……」
だが老人の困惑の源は、飴ではない。ずらりと並んだ「7歳児」たちの頭のてっぺんが、
母を名乗る和装の女性のそれと、ほぼ同じ高さで揃っていることなのだ。
彼の60年のキャリアにおいて、母と目線の合う七五三は、初めてだった。




