issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 03 18
「……なるほど」
尊は、鉛のように重たい体をなんとか起こした。立ち上がる力は、もう残っていない。
畳に手をつき、這うようにして、真新しいベッドへとにじり寄る。
そして柵の隙間から腕を差し入れ、泥のように眠る4つの頬を、
端から順に、指先でつついていった。
ひとつ。むにゃ、と伊達巻のように行儀よく寝返りを打つ。
ふたつ。ほのかに熱い。この子の頬は、いつでも小さな火鉢のようだ。
みっつ。触れた途端、淡い光がほわりと灯って、また消えた。
よっつ。ふかふかの毛皮の奥から、ぐるる、と満足げな寝言が返ってくる。
「……"同期"の連中はのう。皆とうに勤めを果たして、あちらへ帰ってしもうたよ」
誰に語るでもなく、尊は呟いた。
かつては、大勢いたのだ。日を司る者、山を鎮める者。川を治める者。風を運ぶ者。
皆それぞれの役目を終えるたび、ひとり、またひとりと、あるべき高みへ還っていった。
見送るたびに、自分の番はいつかと考えた。――そして、いつしか考えることもやめた。
独り、この宇宙に置き去りにされたような孤独。尽きることのない生の、底なしの倦怠。
何のために留まっているのかも分からぬまま積み上げた、数1000年ぶんの意地の悪い虚無。
――それらのすべてが。
今この瞬間、ひとつの徒労もこぼれ落ちることなく、至上の意味を帯びて、我が魂へと還ってきた。
「……そうか。わしがここまで――これほどまで永く、この地上にとどまり続けることになったのは」
指先から、やわらかな熱が伝わってくる。4人ぶんの、小さな小さな命の熱。それが血管をさかのぼり、
胸の奥に長く巣食っていた迷いを溶かして、ひとつの確信へと鋳直していく。
「まさに、今日という日の、ためじゃったのか」
待ち人の顔も知らずに、3000年、待っていたのだ。
尊は、深い深いため息とともに、その新しい運命に――拾ったのではなく、拾われたのだという真実を、まるごと受け入れた。
「なるほどなぁ。……神の一生というのは、いくつになっても、わからんものじゃなぁ……」
濡れた目元とは裏腹に、口元は、もう笑っていた。彼女は柵に額を預け、
眠る4つの顔をひとつずつ見渡すと、宣戦布告のように、高らかに、しかし囁き声で告げる。
「……覚悟せいよ、お前たち。よりにもよって、わしのところへ転がり込んできたんじゃ。この先どうあがこうと、不幸になどなれると思うなよ。――世界で1番の果報者に、無理やりにでも、してやるからの」
それは祝詞でも、誓約の儀でもない。祭壇も、供物も、立会人すらいない。
けれどそれは紛れもなく――神が人と結んだ、最初で最後の、そして生涯決して解かれることのない
「契約」だった。




