issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 03 17
「はぁ……はぁ……、はぁ……」
肩で息をするたび、肺の奥からヒューヒューと、壊れたふいごのような情けない音が鳴った。
いくつもの時代を素知らぬ顔で乗り越えてきた女神が――たかだか1日の育児で、廃人のごとく消耗しきっている。3000年の歳月は羽のように軽かったのに、今日という1日は、なぜこうも重いのか。
(……待て。これが……明日も、続くのか?)
天井を見上げたまま、彼女は思考した。
(明後日も?その先も?このまま…………ずっと……!?)
思い至った瞬間、背筋を冷たい戦慄が駆け抜けた。
今日と同じ苦労が、明日にも、明後日にも、明々後日にも、寸分違わぬ顔をして待ち構えている。
彼女たちが言葉を話すまで。自分の足で歩くまで。あるいはいつか、この家を出ていく、
その日まで。「育てる」という行為は、一瞬の休符もなく、延々と、寄せては返す終わりのない波のように積み重ねられていくのだ。
悠久の時を生きる神は、生まれて初めて、「明日が来る」ということそのものに、めまいを覚えていた。
(途方も……ないのう)
見上げた先、天井板には、古いシミがひとつある。雨漏りの痕か、いつからあるのかも定かでない。
何10年とこの家に在りながら、1度もまともに眺めたことのなかったそれが、今、疲れきった視界の中でゆっくりと滲み、揺れていた。
――思えば、ずっと独りだった。
悠久の時を、気ままに生きてきた。誰に縛られることもなく、誰の面倒を見ることもない。
国が興れば眺め、滅べば眺め、海の色が変わるのを眺め、ただ在るがままに世界を素通りしてきた。
風のような生き方だと、自分では思っていた。
その自由の勘定書きが、今日、まとめて回ってきたのだ。4人分の命の重みという、
この世で最も逃れがたい形をして。それは彼女の細い双肩に、カルマのごとく、
ずしりとのしかかっていた。
仙丹を飲んだ以上、あの子らが「不浄」を漏らすことはもうないはずなのだが、
それでも念のためにと手に取ったオムツは、まず前と後ろの区別がつかなかった。
裏返し、回し、また裏返し、テープの止め方ひとつに四苦八苦して、
気づけば自分の手の甲に貼り付けていた。
……それほどまでに未熟な、右も左もわからぬこの自分が。
4つぶんの、まだ何者でもない人間の未来を、まるごと背負ってしまったのだ。
その重圧。後悔にも似た、底の見えない恐怖。
――だが。
それらをすべて腹の底へ飲み下してなお、消えずに残るものがあることに、尊は気づいた。
胸の奥底で、小さく、しかし確かに熾きている。恐怖の冷たさに炙られるほど、
かえって輪郭のはっきりしてくる、種火のような温かい何かが。




