issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 03 10
第1波は、赤毛の娘から来た。
「ゲェッフゥーッ!!」
場末の酒場の荒くれ者もかくやという、腹の底から響く豪快なゲップ。
それと同時に、胃に収まったばかりのミルクの一部が、尊のまとう上等な小袖の胸元へと、
景気よく吐き戻された。
「ぬわっ……あっっつ!?」
尊は跳ね上がった。おかしい。人肌まで丁寧に冷まして飲ませたはずのミルクが、
熱燗を通り越した温度で返却されている。この娘の腹の中には、一体何が燃えておるのだ――と、
布地に広がる濡れ色を検分する暇は、しかし与えられなかった。
「……ふぎゃあ!ぎゃああああ!」
第2波。隣で泣き出したさなの体が、内側から発光を始めたのだ。
淡い光の繭に包まれたその小さな体は、重力への義理を忘れてふわりと浮き上がり――勢い余って、
天井の鴨居に、ゴチン。
「なッ、浮いた!?」
鈍い音と、火の点いたような泣き叫び。痛みと恐慌で光は明滅し、
赤子は宙を頼りなく漂流していく。慌てて手を伸ばした尊の――その長持に残された方の小指を、
第3波が捉えた。
おせちである。
彼女は泣かない。喚かない。光りも浮きもしない。ただ無言のまま、万力のごとき握力で神の小指を鷲掴みにし、ミシ、ミシ、と着実に締め上げていく。その顔はどこまでも穏やかで、まるで作業だった。
4人の中で最も静かな娘が、最も的確に、急所を押さえに来ている。
「ぬ、ぬぬぬ……!おせち、それは母の指……母の指じゃ……!」
そして、極めつけの第4波。
ふと見れば、長持の縁を、毛むくじゃらの小さな影がよじ登っていた。はちるだ。
獣の本能が覚醒したか、彼女は甲虫のような身のこなしで縁を乗り越えると、床へ着地するなり、
人間の赤子には断じて不可能な猛スピードのはいはいで疾走を開始した。
目指す先は――どこでもいい。とにかく「外」だ。
そして脱走者は、敷き替えたばかりの青々とした畳の中央で急停止すると、唐突に爪を立てた。
ガリガリガリガリッ!!
アリの巣穴でも暴くつもりか、豪快きわまる掘削が始まる。青い藺草の破片が紙吹雪のように舞い、
真新しい畳の表面に、みるみる無残な穴が口を開けていく。




