issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 03 09
「ふ、ぁ――……」
赤子が、欠伸をした。
「――ッッ!?」
尊は、のけぞった。
無防備に開かれた小さな口腔。その内側にずらりと覗いたのは、乳歯というにはあまりに冒涜的な、
鋭利な獣の歯列だった。山形にギザギザと連なる白い切っ先が、夕日を受けて、ぬらりと光る。噛み千切る側の骨格である。狩る側の口である。
「み」の音が、喉の奥で砕けた。
――歯が、散る。あるいは、歯で、散らすか。
その物騒きわまる視覚情報が、半ば決まりかけていた穏やかな音を、頭の中で強引に上書きしていく。
「……は、ちる。……『はちる』じゃ」
欠伸ひとつで名前を書き換えさせた赤子は、当人だけ何も知らぬまま、ぷすうと再び寝息を立てた。
かくして4人目には、この世のどの姓名判断の書にも載らぬ、特異な名が定着することとなったのである。
*
夕日が、部屋の隅々までを金色に染め上げていた。畳の目も、長持の古い木肌も、
ただよう埃の1粒1粒までもが、光を含んで黄金の粒子と化している。
その温かな空気の中、尊は並んで眠る4つのあどけない顔を見下ろし、頬を緩ませていた。
拾って、運んで、買い出して、調合して、飲ませて、名付けた。
怒涛の1日であったが――どうやら報われたらしい。あとはこのまま、静かな夜が来るのを待つだけ。
……と、思っていた。
だが。ミルクを最後の1滴まで飲み干したというあの事実は、安息の訪れを告げる鐘の音などではなかった。あれは狼煙だ。空腹という生命維持上の最大危機を脱した赤子たちの小さな体に、
いま急速にエネルギーが充填されつつあることを告げる――開戦の狼煙だったのである。




