issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 03 06
――白状すれば、最後のひとつこそが本命だったのかもしれない。オムツの前後すらわからぬ新米の親にとって、育児を厄介たらしめる諸々が、この1杯でごっそりと消えてなくなるのだ。神々しい決断の何割かは、間違いなく、彼女自身の「楽をしたい」で出来ていた。
しかし、それはそれとして。
これは紛れもなく、神である彼女が贈ることのできる、最初にして最大の祝福だった。
人間として生きるささやかな幸福と引き換えに、強靭で、自由で、何者にも脅かされぬ「超人」としての生を授ける。対価も、見返りも、この先いっさい求めぬままに。
「……強く、賢く、健やかに、な」
尊は祈りを織り込むように囁きながら、満腹の余韻でとろけかけている4つの頭を、端から順に撫でていった。朝日の色をした産毛。燃えるような赤毛。上等な絹を思わせる白い額。そして、掌に吸いつくふかふかの毛皮。ひとつとして同じ手触りはなく、そのどれもが、あきれるほどに小さくて、あたたかい。
「……ふふ。見事な飲みっぷりじゃ。1滴も残しておらん」
空になった4本の哺乳瓶を検分し、尊はようやく、肩から力を抜いた。
この旺盛な食欲があれば、まず心配はいるまい。
「よし。……ではお前たちは、今日からわしの『家族』じゃ。異論は――」
返ってきたのは、4つの安らかな寝息と、ひとつの小さなくしゃみだった。
「……ないようじゃな」
深く、息をつく。
嵐は去った。障子の外では、いつの間にか日が暮れかけている。
さて、茶でも淹れて――と腰を浮かせかけた、その時。
(……待て。そうじゃ、名前!)
次なる難題が、頭上の鴨居から降ってくるように彼女を襲った。
名前がない。この4人には、まだ呼び名のひとつもないのだ。




