issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 03 05
「……ふう」
尊に、躊躇はなかった。彼女は丸薬を薬研の舟形の溝へ転がし入れると、
両手で円盤の車を掴み、ゴリゴリと硬質な音を立てて往復させ始めた。
不死の輝きが、割れ、砕け、粉になっていく。
2000年を超える歳月、彼女はこれを手元に置き続けてきた。玉座から使者を寄越した天皇や皇帝にも、
涙ながらに縋った英傑にも、ついぞ渡さなかった。渡す気になれなかった。
(なぜ、わしはこれをずっと持っておったのかのう。時の帝にも、どやつにくれてやることもなく……)
薬研の中で細かな粒子となり、なお衰えぬその輝きを見つめるうち――ふと、答えが胸に落ちた。
惜しかったのではない。渡すべき相手に、まだ出会っていなかっただけなのだ。
この薬は、今日この日の、この瞬間のために存在していた。
秘薬を溶かし込んだミルクを、尊は泣き叫ぶ4つの口へと、順に含ませていく。
チュウ――と、小さく吸いつく音。
それを合図に、あの音響兵器のごとき絶叫が、嘘のように途絶えた。
障子の震えが止まり、部屋には、4つの喉が懸命に鳴らす嚥下の音だけが、
こくり、こくりと満ちていく。小さな身体の奥底で、神代の秘薬が細胞のひとつひとつを訪ね歩き、
人のものではない新しい理を刻み込んでいく――その静かな胎動を掌に感じながら、尊は目を細めた。
「……そうじゃ、それでよい。ゆっくり飲め」
囁きは、ほとんど祝詞の響きをしていた。
「それを飲み干せば、お前たちは人の理の外へ出る。病がお前たちの戸を叩くことは2度とない。
老いがお前たちの背に乗ることもない。……ついでに、垂れ流しの類の煩わしさとも無縁になる。
清浄無垢な『仙女』というわけじゃ。……どうじゃ、悪くない取引じゃろう?」




