issue#06 I I I Little Talks CHAPTER 03 04
(哺乳瓶を温める吉濱氏)
……コンロに火を点け、やかんを掛ける。青い炎が底を舐め、
やがて湯の沸く音が、隣室から途切れなく響く4重奏の泣き声と競い始めた。
粉ミルクの缶を開ける。プシュ、と間の抜けた音を立てて剥がれる銀色の封。
立ち上る乳の匂いに鼻をひくつかせながら、尊は缶の側面にびっしりと刷られた説明書きへ、
目を皿にして食らいついた。
「『1度沸騰させた湯を、50度前後まで冷まし』……ぬう、50度とは、どのくらいじゃ……?」
この島がまだ「縄文」と区分される時代から在り続けた神である。国を鎮め、荒魂を祀り、
幾多の王朝の興亡を庭先の四季のように眺めてきた。だが――子育てだけは、
よその子を半日預かった経験すらなかった。
その手つきは、見ていられないほどに危なっかしい。
小さな計量スプーンを摘まむ指先は力の加減を知らず、
山盛りにすくった白い粉末が、震えのたびにテーブルへ雪のように降り積もっていく。
1本目は、熱すぎた。
2本目は、焦れて神通力で冷やしたところ、瓶ごと凍った。
3本目にしてようやく、手首の内側へ垂らした1滴が、「人肌」という、
この世で最も慎ましい適温を教えてくれた。
額に脂汗を浮かべ、眉間に深い皺を刻み、シャカゾンビと最も苛烈に斬り合ったあの1日よりもなお真剣な形相で――彼女は、世界を救う戦いよりもある意味で困難で、はるかに繊細なミッションを、
ひとつずつ攻略していった。
……人肌まで冷ました4本の哺乳瓶が、台所に立ち並ぶ。
湯気の消えたその瓶の向こうに広がるのは、長年の使用で柄の褪せたテーブルクロスの敷かれた食卓だ。贈答品の菓子折りの空き缶。オレンジ色をした旧式のラジオ。使いかけのまま放置された調味料に、
中身の干からびたボトル。供え物のお下がりの仏壇スイーツと、
水切りカゴ代わりに伏せられたコップの群れ。独り身の悠久が降り積もった、
生活感という言葉ではもはや片付かない机上である。
その雑然のただ中へ、尊はふところから携えてきた桐の小箱を、そっと置いた。
「――」
結ばれた古い真田紐を解き、蓋をずらす。途端、薄暗い台所に、若苗色のあえかな燐光がぼうと満ちた。絹の褥に鎮座するのは、4粒の丸薬。
『仙丹』――。ひとたび服せば不老不死の肉体を得るという、幻の秘薬である。
かつて大陸の皇帝が、これを求めて海の果てへ船団を放ち、幾人もの方士が山に入ったまま帰らなかった。歴史の裏側で、数え切れぬ権力者たちが血眼で追い求めた輝きが、今、色褪せたテーブルクロスの上で静かに脈打っている。




